超低空飛行の艦載機は既に手が届きそうに近い

 福井県敦賀市、岸本博義さん

 敦賀駅に勤務していた。艦載機が現れたのは1945年7月30日午前。B29の焼夷弾攻撃から3週間もたっていない。米軍機の爆音を聞いた。車両の打音検査で小さな異常も聞き分ける自慢の耳。「いつものB29と違う」と直感した。防空壕へ走ったが間に合わない。とっさに貨車の端に潜り込んだ。同時に、車両のもう一方の端に爆弾が落ちた。ガーンと大きな金属音がして、何も聞こえなくなった。両耳の鼓膜が破れていた。右腕に破片が食い込み、あごがぱっくり切れた。傷は今も残る。 

※2015年福井新聞取材、当時86歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。