無駄死にしてほしくはなかった

  吉野川市、小原久男さん

 太平洋戦争末期、爆弾を積んだ飛行機で敵艦に体当たりする「特攻隊」が次々と出撃した。整備兵として前線の航空基地に配属され、機体の点検や修理の任務に当たっていた。上官の指導は厳しかったが、やりがいはあった。特攻機の使命は敵艦に命中することだけ。帰還は想定せず、貴重な燃料は片道分しか入れてはいけなかった。そんな軍の方針に逆らって、出撃前の整備で担当した機体の燃料をこっそり満タンにし、途中で故障しても戻ってこられるようにした。

※2015年本紙取材、当時88歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。