2020年の東京五輪・パラリンピック公式エンブレムに藍色が採用されたのを機に、徳島が誇る「阿波藍」を国内外に発信しようと、官民を挙げた取り組みが盛り上がりを見せている。「とくしま藍の日」制定、新たな藍製品の開発、藍サミット開催・・・と藍を巡る話題は事欠かない。ただ県内で流通する藍製品全てが本県伝統の阿波藍とは限らず、PRに励む人々の中には戸惑いの声も聞かれる。阿波藍とは何か。課題を探った。
9月上旬、藍染の染料「すくも」を作る藍師の佐藤好昭さん(53)=上板町下六條=の作業場では、乾燥させた藍の葉(葉藍)に水を掛けて発酵させる「寝せ込み」が始まった。
高さ1メートルほどに積み上げた葉藍に水を打っては熊手で混ぜ返し、また積み上げる。寝床と呼ばれる作業場には藍が発するアンモニア臭が立ち込める。
混ぜ返す作業は4、5日おきに行い、約3カ月ですくもが出来上がる。すくも作りには徳島産のタデ科の一年草、タデアイを使う。タデアイは藍の色素含有量が少ないため、これを発酵し色素を濃縮させたすくもが生み出されたという。
吉野川流域の肥沃(ひよく)な土壌で育まれた良質な葉と、伝統に裏打ちされたすくもの高い生産技術―。江戸時代、阿波藍は他産地の藍(地藍)と区別して「本藍」と呼ばれ、全国の市場を独占した。明治期に海外の安価な化学染料が国内に入ってくるまで高い評価を保った。
こうした歴史に加え、藍師の「阿波藍製造技術」が1978年に国の選定保存技術に選ばれたことから、佐藤さんは「伝統技法で作ったすくもが『阿波藍』だ」と言い切る。
他の藍師や藍染師らも皆が「阿波藍とはすくも」と口をそろえる。徳島で栽培されたタデアイを使い、徳島伝統の技法で作られたすくもで染めた藍製品が「阿波藍」を名乗るにふさわしい商品なのだろう。
しかし、県内で流通する藍製品全てが阿波藍ではない。「市場に出回っている藍製品のうちすくもを使った本藍染はわずか1%。ほとんどが化学染料や合成藍などなんです」と藍住町歴史館・藍の館の阿部利雄館長は言う。
化学染料は簡単に鮮やかな藍色に染められ、大量生産がしやすい。結果、消費者は比較的安価に手に入れられ、藍の認知度を高めるのに役立ってきた側面はある。
だが、県内の土産物店に並ぶ藍製品の表示は「阿波の藍染」「本藍」「日本製」「藍型染」とさまざま。「表示が統一されていない」と佐藤さんが言うように一目見てどれが阿波藍かを見極めるのは難しい。阿部館長は「阿波藍以外の藍にも良さはある。残念なのは阿波藍の製品が並ぶ中に巧妙に紛れていることだ」と言う。
藍師の新居修さん(69)=上板町七条=は「いろんな藍があるのは悪くないし、どちらの産業も必要。消費者が区別して購入できるよう藍にもトレーサビリティー(生産流通履歴)を導入してはどうか」と提案する。
県も県内の藍染師らを集めて藍を巡る課題を聞き取るなど、表示の見直しに向けた検討を始めた。東京五輪に向けて機運が高まる今、課題解決のチャンスだと期待する職人は少なくない。
阿波藍は、農家や職人の高齢化で藍の栽培面積、すくも生産量が減少し、安定した収入の確保や担い手の育成など課題が山積している。守り続けるには技術の継承もさることながら、現代に受け入れられるデザインの開発、新たな藍染ファン層の開拓も欠かせない。受け継がれてきた阿波藍と、安価で藍の魅力を広げる化学染料などを使った製品。阿波藍の価値を再認識し、相乗効果を上げるためにも、まずは「正しい発信」が求められている。