かえるを串刺しにして焼き、塩をふって食べた

(沖縄県大宜味村、平良啓子さん)

 1945年4月に米軍が沖縄本島に上陸し、家族と山中を逃げ惑った。母はマラリアで動けず、食べる物もなくなった。4歳の弟は栄養失調になり、痩せているのにおなかが膨れ始めていた。焼いたかえるを前に「汚い、怖い」と嫌がる弟。「死ぬよ」と脅して食べさせた。「おいしい」と喜び、かえるを探すようになった弟の姿を見てうれしかったという。トンボやセミも捕まえて生き延びた。

※2017年西日本新聞取材、当時82歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。