父が亡くなったことを証明できるものはない

(山形市、佐藤昭子さん)

 佐藤さんの父惣治さんは農業を営んでいた。1944年に徴兵され、フィリピンのルソン島に向かった。翌年、佐藤さんは7歳で父と死別した。遺骨や遺品は戻らず、小さな木箱に入った位牌がある中で営まれた葬儀。生還者の姿を伝える報道に触れるたびに「もしかしたら」と願う思いがこみ上げた。終戦記念日は、フィリピンを訪ね、慰霊したいとの気持ちが募る。父が最後にいた場所で祈ることが、本当の供養だと考えている。

※2017年山形新聞掲載、当時79歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。