「戦時下の暮らし 記憶のかけらを集めて」は、全国の地方新聞やNHK、ウエブメディア計12社によるキャンペーン「#あちこちのすずさん」との連携企画。7月に投稿を呼び掛け、集まったエピソードを紹介する。

 

徳島市応神町・前田由佳(57)

 「ばあちゃんに怒られた」。半べその妹が私に駆け寄ってきた。田んぼで見つけた赤い花を摘んで家に持ち帰ったところ、玄関先で見た祖母が声を荒らげて怒ったという。「この花はヒガンバナというて屋敷内に持ち込んだらあかん」と。私たちが幼い頃の出来事だ。

 詳しくは聞いていないが、祖母の大切な家族や知人の何人かは、戦争に行ったまま帰ってきていない。若くして嫁いできた家には厳しいしゅうとや小じゅうとたちがいた。夫は身体が弱く、戦争には行かなかったが、大家族の食事や洗濯などすべての家事をこなすことは大変は重労働だったそうだ。

 そんな中、心をやすめてくれたのは祖父の弟の優しさ。「何かにつけねぎらいの言葉をかけてくれたのがうれしかった」。そう言う祖母の横顔が一瞬、乙女のように見えたのを思い出す。その大叔父は20歳にもならないうちに戦争へとかり出された。無事の帰還が祈られたが、悪い知らせが届いた。ヒガンバナが真っ赤に咲く、秋のことだったそうだ。

 かつて、祖母はこの話を昔話のように語って聞かせながら、私と妹を眠りにつかせた。「ヒガンバナの花言葉は情熱、再会、転生なんだよ」。祖母のお墓参りに行ったとき、そうつぶやいてみた。祖母のフフフと笑った声が聞こえた気がした。