「戦時下の暮らし 記憶のかけらを集めて」は、全国の地方新聞やNHK、ウエブメディア計12社によるキャンペーン「#あちこちのすずさん」との連携企画。7月に投稿を呼び掛け、集まったエピソードを紹介する。

 

徳島市北山町・林祥子(85)

 終戦直後、生まれ育った東京で通っていた小学校での出来事だ。その頃はみな食糧難に苦しんでおり、給食はもちろんない。生徒は弁当を持って学校に行く。持ってこられない子は昼がくると運動場でひもじい腹を抱えて遊んでいた。

 そんなとき、事件が起きた。ある生徒の弁当がなくなったのだ。騒動の最中に、見つかった。場所は便所(トイレとは言えない)の中だ。当時の便所は木造で下が丸見え、臭いが鼻をつくようなところ。

 私も好奇心から現場をのぞいた。確かに空になった四角いアルマイトの弁当箱が転がっていた。包んであったであろう新聞紙も散らばっている。驚き、悲しい気持ちになった。盗んだ子はどんなに空腹だったのだろう。こんなところに隠れ、夢中でかき込んだのだから。

 大きな時代の変化に戸惑っていた教師たちは、子どもたちのそんな事件には無関心だったのか、何も問題にはならず、いつの間にか忘れ去られた。私には犯人の心当たりがあるが、口に出してはいない。両親を失い、きょうだい3人がいつもかばいあって生きている姿を知っていたから。