「戦時下の暮らし 記憶のかけらを集めて」は、全国の地方新聞やNHK、ウエブメディア計12社によるキャンペーン「#あちこちのすずさん」との連携企画。7月に投稿を呼び掛け、集まったエピソードを紹介する。

 

八万中学校1年(徳島)・柏原花奈

 私の祖父は1939年の戦時中に満州で生まれました。祖父の父が軍人として働いていたためです。小さかった頃は、日本が戦争に勝っていたため、使用人のいる大きな家に住み、裕福な暮らしをしていたそうです。しかし日本が戦争に負け始めると、生活も苦しくなり、男の人はみんな戦争に連れて行かれました。

 最後は中国人やソ連軍の襲撃を避けるため、残された老人と女の人、子どもは逃げました。満州鉄道を歩いて敵から身を隠しながら逃げたそうです。その途中で、集団自決をしている日本人を何度も見かけたとのことです。祖父の集団も諦めて、「今持っている食料を全部食べて、みんなで死のう」となりましたが、まだ子どもだった祖父が「まだ死にたくない!」と叫んで抵抗したので、みんなで最後まで頑張ろうと決めたそうです。

 食糧が尽きてからは、その辺の草を食べ、田んぼの水を飲んで命からがら逃げたそうです。祖父はこの体験をしたので、なんでも食べ物に感謝して、おいしく食べられるし、苦しいことでも我慢できると言っていました。