城戸久枝さん

 戦争を体験していない世代が増える中、どう戦争の記憶を語り継げばいいのだろう。中国残留孤児だった父の半生をたどるなど、戦争を書き続けるノンフィクションライターの城戸久枝さんは、「日常」が今と戦時をつなぐきっかけになると話す。

 ―「この世界の片隅に」では、結婚で広島市から呉市に移り住んだ主人公すずさんの暮らしが丁寧に描かれている。徳島新聞に寄せられた読者によるエピソードのいくつかでも、食べ物や学校生活について、鮮明な描写がされている。

 私はこれまで強烈な体験をした人に話を聞くことが多かったんです。目の前で家族が殺されたり、自分の命も危険にさらされていたり。つらい体験をした人が語らない、ということはもちろんあります。

 一方で、「そんなに苦労をしていないから」と口をつぐんできた人もいる。でも、こうした人たちが当たり前だと思って経験してきた日常は、今のそれとは違う。例えば空襲の標的にならないように電灯にカバーを掛ける、砂糖や米の食べ物が配給される、といったように。日常のささいなことでも、何かしら戦争とつながっている。

 新型コロナウイルスの広がりによって、私たちは「当たり前の日常」ががらりと変わることがあると知った。そんな今だからこそ、「日常」から戦争を考えられるとも思います。

 ―日常のささやかな幸せの希求はいつの時代も同じだ。戦時中、そうした幸せは空襲によって、あるいは大切な人の出征や死によって、断ち切られた。あの時代、暮らしは常に喪失や破壊と隣り合わせだった。

 戦時中に満州にいた従軍看護婦に、兵隊さんたちとのやり取りの話をたくさん聞かせてもらいました。少しでも日本を思い出してもらいたいとタンポポのおひたしを作ったり、日本に一時帰国したときにキュウリを大量に手に入れて中国に持って行ったり。中国にもキュウリはあるんですよ。

 そこにいる兵隊さんは、ただ死を待つだけの人も多かった。一方で看護婦の方は終戦後、8年も満州にとどまりました。産婆(助産師)の資格も持っていて何でもできるから、帰国させてくれなかったんです。その方も、もう亡くなりました。

 ―城戸さんの父城戸幹さん(78)は3歳のとき、満州に一人残され、養母に育てられた後、日中国交正常化前の1970年に自力で帰国した。城戸さんは父の半生を10年かけて取材し、著書「あの戦争から遠く離れて」にまとめた。中国と父、自分自身について考えるきっかけとなったのは、大学生3年のとき、短期滞在した大連で見た、南満州鉄道がつくったマンホールのふただった。

 それまでも、もちろん、父が中国から帰ってきたことは知っているし、戦争についても勉強していた。でも、自分とは結び付いてなかったんですね。

 あのとき、自分が踏んでいたマンホールのふたが、日常に当たり前にあるものが、満州国時代からずっとそこに存在したんだと思った瞬間、それまで別々に感じていたものがひとつの流れの中にあると分かった。

 歴史の授業で戦争を学んだからといって、「ああ、私と関わりがある」とはなかなか思えない。自分自身につなげるきっかけと出合えればいいですよね。

 何気ない家族との会話の中でも、戦争の話を聞くこともできます。父の口からは今でも初めて聞く話が出てきます。咋夏、実家に帰ったとき、小学3年の息子と私を父は花火大会に送ってくれた。父は昔から花火を見ない。人混みが嫌いなんだろうと私は思っていました。

 翌日、父が息子に「じいじは花火の音を聞いたら体が震えるんだ」と話している。「中国にいるとき、内戦に巻き込まれ、近くに爆弾が落ちた。それを思い出して震えるんだ」と説明してるんです。私には言わないんですけど。戦争体験を伝えようとしてるんじゃなくて、「一緒に花火が見られずにごめんね」という気持ちで言っているんですね。

 ただ、今の子どもたちのおじいちゃんやおばあちゃんの多くは戦後生まれでしょう。それでも、その戦後の暮らし方を聞くことで、それより少し前はどうだったのだろうと思える。考える手がかりが生まれるはずです。

 ―「私が私としていまここにこうして存在するということの奇跡的な偶然を、まさにいま私が必然として生きているのだという奇妙な感覚」。城戸さんは「あの戦争から―」のエピローグにそう書く。夫となる人には、著書を世に出したいと参加したライターの会で出会った。授かった子どもは「弦(ゆづる)」と名付けた。父の養母淑琴さんの「琴」につながる字を選んだ。

 父にとっては、もっとほかにいい人生があったのかもしれない。家族と離ればなれにならず、日本に帰国していたら。あるいは、戦争がなかったら。しかし、父は残留孤児になった。だから、今の私がいる。どう考えればいいのかは、複雑です。でも、そうした時代の流れの中で自分が生きていることを受け入れながら、私は父の話を聞いていたのかな。

 みんな、過去にいろんな人たちのつながり―血縁関係だけでなく、もっと広い範囲での人と人とののつながり―があって、今の自分がある。話をして、過去を知り、そして自分自身を知ってほしいと思います。

 きど・ひさえ 1976年、愛媛県生まれ。徳島大総合科学部卒。出版社勤務などを経て、ノンフィクションライターに。中国残留孤児だった父の足跡をたどった「あの戦争から遠く離れて」(2007年、現在は新潮文庫)で大宅壮一ノンフィクション賞など3賞を受賞。そのほかの著書に、父の半生を子どもに向けて書いた「じいじが迷子になっちゃった」(19年、偕成社)、鹿児島の離島・黒島に不時着した特攻隊員と島民の交流を追った「黒島の女たち」(17年、文藝春秋)など。横浜市在住。