板門店を訪ねたことがある。韓国がソウル五輪を控えていたころだ。3月も後半だったが、そこまでの道々、田畑に氷が張っていた

 釈然としなかった。現地で予約したツアーには服装規定があった。「スラックスと革靴で参加のこと」。慌てて市場に買いに走った

 乗り込んだバスで、案内人に理由を聞いてみた。「向こうにも観光客がいる。ジーンズやスニーカーだと、見てみろ南は貧しいぞ、と宣伝材料にされる」。到着したら手を振ってもいけない、北朝鮮は素晴らしいという合図になるから。そうくぎを刺された

 板門店の青い建物に入れば、窓の外にやせた北の兵士がいた。既に経済では南北の差は明らかだったが、つまらない服装規定は、韓国の自信のなさの表れのようにも思えた。友好ムードなどみじんもなかった

 それから30年余りがたつ。朝鮮戦争休戦から数えると65年。分断の象徴だった板門店を平和の象徴に変えられるか。10年半ぶりの南北首脳会談に臨み、手を携えて軍事境界線をまたいだ文在寅(ムンジェイン)大統領と金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長。半島の完全な非核化や年内の朝鮮戦争終戦を目指す「板門店宣言」に署名した

 始まりの号砲は鳴った。だが、2人が見ているのは同じゴールなのだろうか。そこがあやふやだ。日本の立場からすれば、拉致問題を忘れてもらっては困る。