しばらく見つめたまま動けなかった

 (鳴門市、笹田薫さん)

 14歳だった1941年、艦艇建造の中心地として有名な軍事施設である旧呉海軍工廠(広島県)に入廠した。名だたる艦艇を目にしていたが、特に存在感を放っていたのが世界最大級の戦艦「大和」。全長263メートル、基準排水量6万5千トン、射程40キロを超える口径46センチの主砲を搭載するなど、圧倒的な迫力に衝撃を受けた。乗船の経験はないが、日本の造船技術を結集させた戦艦だとひしひしと感じた。しかし、その大和は太平洋戦争末期の45年4月、沖縄へ向かう途中に米軍機の猛攻を受けて沈没した。「なんぼ大和が優秀でも無謀な作戦だった」。 

※2020年本紙取材、93歳

 終戦から75年。戦争の時代を生きた人たちの肉声を聞く機会は徐々に減り、記憶の風化が加速している。戦後75年企画として、記者がこれまでに取材した戦争体験者の声を紹介する「言葉を刻む」を始める。紙面などに掲載された言葉に改めて着目し、戦争の悲惨さや平和の尊さについて考える。全国の地方紙とも連携する。