歴史はロマンだ。歴史文献に載った史実よりも、にわかには信じがたい仮説にロマンをかき立てられることがある。さまざまな解釈を楽しむのも歴史の醍醐味(だいごみ)。徳島には、紀元前に実在したとされる古代イスラエルのソロモン王の秘宝(※注)が神山町に眠っている-という大胆な説が存在する。第4回は、そんな歴史を覆す壮大な仮説を唱え、それを証明しようと情熱を傾けた男の夢の名残である「稲飯(いない)神社」を訪ねてみた。

ソロモンの秘宝「神山」説を伝えるミステリースポット・稲飯神社

 徳島市内から国道438号を車で西へ走ること約1時間。神山町下分付近で国道を外れて狭い山道を分け入った先にある三ツ木地区に目的の稲飯神社がある。

 まず目に飛び込んでくるのが、暗号めいた不思議な文字列を刻んだ2本の石柱と、その背後に建てられた本殿だ。本殿へと至る階段の両脇にはレリーフを施した二つの石碑があり、右奥には現在の鳥居の原型とされるアルミ製の三柱鳥居が建っている。

 木々に囲まれた静かな山奥にこつ然と現れた不思議な空間。シンプルな造形と構成ながら力強い存在感を放っており、異世界に迷い込んだかのような錯覚に陥る。そう、この場所こそ知る人ぞ知る県内屈指のミステリースポットであり、ソロモンの秘宝「神山」説を伝える場所である。

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ソロモンの秘宝「神山」説を唱えて稲飯神社を創建した故地中孝さん

 稲飯神社は、近くにある「神山スキーランドホテル」の創業者、故地中孝さんが生前の2000年5月に創建した。地中さんの著書によると、名称の「稲飯」=「イナイ」は古代ヘブライ語で「幸運と繁栄」を意味する。

 石柱の文字は古代ヘブライ語が起源とされる謎の古代文字「神代(じんだい)文字」で、右は「スエキアワカミ」と読み、航海の安全を見守る海の守護神・事代主神を指す。左は「トホカミエヒタメ」と読み、航海の安全と民族の繁栄を願う祈りの言葉で、日本語の「南無八幡大菩薩」に当たる。

 レリーフは、右が紀元前900年頃にイスラエルから神山に上陸したとされる木造船「タルシシの船」、左は秘宝を守るために神山に定住し稲作を始めた一族の王イナイをモチーフにした「宇迦(うかや)の大神」を表す。

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 元々は四国剣山にソロモンの秘宝が埋まっているという説を、聖書研究家の高根正教さんが1952年に著書「四国剣山千古の謎」で唱えたのが始まり。その説では、秘宝を携えた古代イスラエルの一集団が阿波(徳島県)西部の祖谷に流れ着き、初代天皇の神武天皇が奈良に開いた大和朝廷の原型となった国を開いたとする。剣山周辺にイスラエルとの不思議な共通点を思わせる神社や風習、民謡などが多く残っている点を根拠にしている。

 そうした剣山説に対抗して、最初に神山説を唱えたのが地中さんだった。

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地中さんが復元した古代の三ツ木の周辺地図

 地中さんが「ソロモンの秘宝」伝説に興味を持ったきっかけは93年までさかのぼる。

 三ツ木に先祖代々暮らす地中さんは、同町上分で代々神事を担う家系に伝わる江戸中期の巻物「神名書(かみなふみ)」に記された神代文字が、同町の鮎喰川沿いにある「船盡(ふなはて)神社」に伝わる7㍍に及ぶ2本ののぼりの文字と一致することを発見。古代イスラエルの一集団が船盡の地に上陸したという確信を深めた。

 三ツ木にはかつて旧稲飯神社と4戸の稲飯家があり、集落の最も高い場所に暮らした稲飯家の一つは祭事を司る重要な家系であったという。そこにイナイが古代ヘブライ語で「幸運と繁栄」の意であり、神武天皇の兄の名が稲飯命という不思議なつながり。

 近くの左右山にある遺跡では明治初期に銅剣が出土しており、神山に古代文明があったと確信した地中さんは、地域に残る多くの痕跡をつなぎ合わせ、その1年後の94年1月に自身の研究をまとめた「神山の啓示録」を自費出版した。

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既に閉鎖した日本超古代研究所に遺された研究書籍

 徳島説では剣山が主流ではあるものの、地中さんは「剣山では遠すぎる」と持論を展開し、船盡神社から程近い神山にこそ地の利があると考えた。先史時代は船盡神社から神山の金泉まで船で移動でき、金泉にある遺跡は古来より黄金伝説が絶えない土地だった。ゆえに、そここそが秘宝が眠る場所ではないかとの結論を導き出した。

 約8年前に亡くなった地中さんは2度のがん闘病を強いられながらも、ホテルの一角に「日本超古代研究所」と名付けたコミュニティーを設け、昼夜を問わず研究に没頭した。息子の均さん(69)は「父は行動の人だった。夢中になると、とにかく突っ走る。家族なんか顧みなかった」と笑う。「今までほとんど本を読まなかったのに、いろんな本を買い集めて読みあさっていた」。地中さんは研究のために四国各地を精力的に巡った。地中さんの研究や著作に興味を持った熱心なマニアやメディアが東京や大阪などから次々とやって来ては「夜通し語り明かしていた」と均さんは振り返る。

地中さんは鳥居の原型である三柱鳥居で、廃社した昔の三つの神社を復活させた

 地中さんは既に亡くなり、稲飯神社を作った真意を知るすべはない。しかし、当時を知る均さんは「昔は三ツ木に三つの神社があったが、長らく廃社になっていた。先祖への尊敬や郷愁から3神社を合祀(ごうし)した神社を復活させたかったのでは」と思いを代弁する。そこに生まれ育った神山が日本国の起源とする自身の研究成果が加わって、稲飯神社として結実したようだ。
 地中さんの意欲は死の直前まであり、研究をより深めるため、イスラエルへ現地調査を行う計画もあったという。夢半ばでこの世を去った地中さんの思いは今も稲飯神社と共に神山の地に残り、徳島に息づく壮大な歴史ロマンの可能性を伝え続けている。

(※注)ソロモンの秘宝/モーゼの十戒を記した石板、モーゼの兄アロンの杖、伝説の食物マナが入った金の壺を納めた契約の箱=聖櫃(アーク)のこと。紀元前930年頃、ソロモン王の死後に古代イスラエル王国は12支族に分裂。秘宝はエルサレム神殿に保管されていたが、同722年に王国がアッシリア帝国に滅ぼされ、国を追われて世界中に散った10支族、通称「失われた10支族」と共に行方不明になったとされている。