今年の最終選考会は、新型コロナウイルスの影響で、ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を使って行われた。3時間近くの激論の末、受賞3作品が決まった。

コロナ禍 人々の思い代弁 吉村萬壱(芥川賞作家)

吉村萬壱氏

 応募作は、前回、前々回に比べてレベルアップしていると感じた。小山田浩子さんの参加を得た選考会は刺激的で緊張感があり、こちらもレベルアップしたと思う。良い作品を送り出すことができ、選考結果にとても満足している。

 阿波しらさぎ文学賞の「あまいがきらい!」は、リアルな子供の世界を知っているらしいこの作者が、子供を使って書いているのではなく子供になって書いているのだと分かる出来栄えだった。子供は万国共通であり、主人公が発する「平和んなったら!」という言葉は、新型コロナ禍にあえぐ世界中の人々の思いの代弁足り得ている。日本の極めて局所的な子供の世界の出来事が世界とつながっていて、これは2020年の世界のどこにでも通用する普遍文学だと思った。

 金時豆だけで徳島を表す手法も効いていた。最後の段落が急に大人っぽい文章になっているという印象を受けたが、主人公の女の子が結構つらい自粛生活を通して成長し、たけチの前向きな無邪気さを慈しむような大人の視点を手に入れたのだと読めば納得でき、むしろ作品に奥行きを与え得たと思う。時代が生んだ重要な作品として、責任を持ってこの作品を推したい。

 徳島新聞賞には私は最初「No place for young men」を推していた。徳島にとっての都会というものを甲子園に仮託して描いた作品で、甲子園(都会)の魅力を描く作者の筆の冷たさに感心したが、ラストの祖父の予言と死は、少しやり過ぎだったかもしれない。

 「檻」は要素を盛り込み過ぎだと思ったが、小山田さんに、この作品の中に仕組まれた何重もの檻の存在を指摘されるに及んで見方が変わった。知的障害、女性であること、暴力の被害者であること、認知症、そして徳島そのものの閉鎖性など、複雑に絡み合い、入れ子構造となった数々の檻。そして人は檻を拒絶するばかりでなく、自ら進んで檻に入りたがる存在でもある。その構造が見えてくると、この作品は俄然立体感を増し、一挙に他の作品を突き放した。

 徳島文学協会賞の「去年の桜」は、手紙形式の二人称をうまく使いこなしている。婚約を破棄することになる大住さんが「前が見えない、見えない」と笑っていた、という描写にはゾッとするものがあり、桜の花びらを使って人の世の先の見えなさを描き切った感があった。「牛打ち坊」と競ったが、牛打ち坊なる妖怪が逆に人間を恐れるところに諧謔味があったものの、表現の不正確さなどもあって、今一歩「去年の桜」に及ばなかった。

 「朝顔と三味線と、そしてスダチ」は、カケオチした山代さんと和ちゃん、二人のそれぞれの親、両者の中間的存在としての大将の立ち位置が絶妙で、子供目線も確かであり、他の地方賞に出していれば間違いなく受賞するレベルだったが、「あまいがきらい!」の現代的で切迫感ある問題意識の前に惜敗した。

 その他では、新しさはないが「かったい道の木偶まわし」に不思議な魅力を、「うたかた」「巻き貝眉毛砂の体」にもそれぞれ小説としての力強さを感じた。

 よしむら・まんいち 1961年松山市生まれ。2001年「クチュクチュバーン」で文学界新人賞。03年「ハリガネムシ」で芥川賞。16年「臣女」で島清恋愛文学賞。父親が小松島市出身。

 小学生の視点で世界描く 小山田浩子(芥川賞作家)

小山田浩子氏

 選考会序盤は票が割れたが、議論を交わすうち意見は一致し、受賞作が決まった。

 阿波しらさぎ文学賞「あまいがきらい!」。感染症による社会混乱の割りを一番食っているのは子供たちではないだろうか。十分な説明やフォローもされないまま、不安定な状態に置かれていることの自覚すらできていないかもしれない。本作はそんな小学生の視点から見た今の世界を描く。大人びたところも幼いところもある子供の語りという難しい挑戦に成功していると感じたし、細部に本当らしさと面白さがあった。何より、2020年の受賞作としてふさわしいと吉村さんが高く評価しておられ、私もそれに賛同し受賞が決まった。

 徳島新聞賞「檻」は、短い枚数に家庭、学校、土地など、女性を囲むさまざまな檻が配置されている。囚われた人、逃げ出した人、逆に誰かを閉じこめるようになった人・・・。檻とのさまざまな関わりとその外の世界への予感が描かれており巧みな構成と感じたが、最初は私以外の票が入らなかった。立場の転換の鮮やかさ、登場人物それぞれの存在や言動に説得力があることなども力説し、最終的に賛同いただけてよかった。

 徳島文学協会賞は「去年の桜」と「牛打ち坊」の2作で議論となった。「去年の桜」は不安定な語り手の手紙という、過剰な感情に辟易させられたりただ陳腐になったりしそうな内容を淡々とまとめており、完成度の点で勝った。

 一方、妖怪伝承を題材とした「牛打ち坊」はその着想が評価された。全体の候補作には他に、老父のヘルパーとして山父が登場する作品や子泣き爺政治BL(ボーイズラブ)など、地元妖怪を通して現代を描いた作品があり印象深かった。

 そして、選外となってしまったのだが、私が高く評価した作品に「水と話した」がある。ほんの少しの描写や言動によって一人一人の登場人物や場所がくっきり描かれ、文章に流れがあり魅力的な細部を読む喜びもある。終わり方も見事だと思った。受賞者の方々と同様に、今後の活躍を期待している。

 他にも、題材や展開に意欲や個性を感じた作品はいくつもあった。同時に、誤字などが多く推敲不足ではという作品も多かった。誤字そのものより、これだけの誤字を見逃すくらいしか読み返していないのが問題ではと思う。いいところ、面白いところがあるのに! 語句はこれでいいか、人や物の位置関係などは定まっているか、時間の経過や場面の変化に読み手が気づく契機があるか、例えが滑っていないか、そもそも例えはここに必要か、題名は合っているか・・・。そういう試行錯誤を経ていたら、より多くの作品が当落線上に並んだはずだ。推敲の時間が足りなかったかもという方は、ぜひ時間をかけ直してみてほしい。

 作者の名前や経歴を知らない状態で作品を読むという機会は実は珍しい。初めての選考でもあり緊張したが、何より楽しかった。応募者の皆さん、ありがとうございました。

 おやまだ・ひろこ 1983年広島市生まれ。2010年「工場」で新潮新人賞。13年、同作で織田作之助賞。14年「穴」で芥川賞。18年、短編集「庭」。夫は徳島県出身。

小学生装う「語り手」自然 佐々木義登(徳島文学協会長)

佐々木義登氏

 阿波しらさぎ文学賞の「あまいがきらい!」は小学生視点で、コロナ禍にある現在が切り取られた作品だ。子供の語りで大人の通読に耐える作品を書くのは容易ではないが、小学生を装う「語り手」が自然で、しかもたくらみに満ちた世界を見事に構築した。文体に慣れるまでが骨だが、作者を信じて読み進めるとラストに感動が待っている。見た目以上に書き手の力量が問われる作品で、大賞にふさわしい。

 徳島新聞賞の「檻」は小山田浩子さんが絶賛した作品だ。作中人物全員が実は見えない檻に入っており、そこから出る者、入り続ける者、さらには檻が徳島のメタファーになっているという分析に、選考委員全員が納得させられた。確かに着眼点の鋭さなど才能の片りんは垣間見えたが、個人的には展開が性急で、全体の構成も雑な印象をぬぐえなかった。小山田さんの分析は見事だが、その批評に見合う強度が作品にあるとは思われず、最後まで受賞には賛成しづらかった。

 徳島文学協会賞の「去年の桜」は、川端康成の「抒情歌」をほうふつとさせる二人称小説である。前半、やや言葉の選択がぎこちなく、また登場人物がことさら事故に遭ったり病にむしばまれる設定に違和感を覚えたが、後半からラストのおちに向けての展開は丁寧で緻密だった。

 受賞作以外では「溺死ロック」「No place for youngmen」「ちちぢち」「牛打ち坊」を個人的に高く評価した。今回は選外となったが卓越した筆力で、受賞する可能性はあったと思う。

 ささき・よしと 1966年徳島県生まれ。城ノ内高校、二松学舎大卒。同大学大学院の博士課程修了。2007年「青空クライシス」で三田文学新人賞を受賞し作家デビュー。18年短編小説集「郷里」。四国大教授。徳島文学協会長。

豆玉焼き 緊張を和らげる 岡本光雄(徳島新聞社理事)

岡本光雄氏

 作品の多くは時代の空気をはらむ。阿波しらさぎ文学賞に決まった「あまいがきらい!」は、今年だからこそ生まれた掌編である。

 小学6年生になろうかという瑞季のモノローグは取っつきにくいが、音読してみると、揺れ動く子ども心が分かるようで新鮮に読めた。小学生目線で陽性、ソーシャルディスタンスを捉え、肺を発明したいという弟の話は笑うに笑えない。ウイルスとの共存を強いられる社会。どこか張り詰めそうな展開にあって、金時豆の入ったお好み焼きが効果的で、緊張を和らげる。

 徳島新聞賞の「檻」は、読み手の力が試される作品。登場する人物像が結べず、いささか気後れしたが、小山田浩子さんに伴走されるように読み返して、推されることに合点がいった。マイナスの数は無いから計算できないというフーコには「透明な囲い」があるが、取り巻く人たちにも檻があることに気付く。フーコをどこまでも肯定的に見守る母、亡き祖母が救い。

 徳島文学協会賞の「去年の桜」は恋の儚さを吉良のエドヒガンに重ねた秀作。別れを告げた後の心の内を吐露した物語かと思ったが、かつての恋人に宛てた手紙だと分かる。空白を埋めるようにしたためることで澱のように沈んでいた悲しみから解き放たれたか。この手紙は投かんされただろうかと、ふと想像を巡らす。

 個人的には一押しの「朝顔と三味線と、そしてスダチ」は選外となった。三味線の音色、ぞめきでそまる風景、スダチで作る巻きずしを随所に盛り込み、少女の心に響いた「徳島の昭和」を叙情的に編み上げた。高い完成度は評価されたが、受賞には届かなかった。