日本家屋などの棟によく据えられている鬼瓦は、7世紀ごろに朝鮮半島の渡来人がもたらしたとされる。恐ろしく、すごみのある形相。古来より魔よけとして人々の安心を支えてきた
その朝鮮半島で3日前、北の首領が見せたのは鬼瓦とは似ても似つかない笑顔だった。南の首領と手を取り合って軍事境界線を越え、会談ではジョークさえ飛び交った融和の演出。多少、眉唾ものと感じてしまう面はあった。ならば昨日明らかになったこの言葉はどうか
「いつでも行う用意がある」。北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)朝鮮労働党委員長が、韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領に日朝対話への意欲を伝えていた。あれだけの笑みと和やかなムードを見せられたあとである。いささかの期待もするなというのは無理ではないか
南北会談で文氏は日本人拉致問題を切り出し、安倍晋三首相の考えも伝えた。その上での「いつでも」である。日本に好材料があるからこそできた返事-と考えるのが普通だろう
けれど悲しいかな、普通ではないのが北の首領だ。拉致問題では、2002年に被害者5人が帰国して以降も翻弄(ほんろう)されてきた。日本としては対話が実現したとしても、はなから笑顔やジョークを交わすわけにはいかない
拉致被害者を全員帰す。北に向けた鬼瓦の表情を崩すのは、少なくともこの一言を聞いてからになろう。