まだ戦後の傷跡が残る1950年代、徳島市の助任小学校正門の真ん前で、ある女性が開いた本屋「みどり文庫」。半世紀の営業を経て、店主の他界によってシャッターが閉まったのが10年余り前。そのシャッターが昨年秋から、再び上がっている。店の新たな担い手は、4人の子を育てる母。「子育て中の人たちがほっと一息つける場をつくりたい」。「休憩」という意味を込めた店名「9k」で、古本の絵本や駄菓子を扱っている。

「9k」の店主堀江さん

 店に入ると、本棚にずらりと並ぶ絵本や児童書が目に入る。本を1冊手に取り、挟んである値札を見ると安い。定価の半額ほど。なぜかといえば、新刊書ではなく、古本だから。「9k」は、店主堀江優子さん(36)の目利きで選んだ古本の絵本や児童書を扱う店なのである。

 堀江さんは言う。「実家はこの近所。助任小学校が母校なんです。ここにあった『みどり文庫』にはちょいちょい寄ってましたよ。入り口近くにレジがあって、ショーケースに囲まれておばあちゃんが座ってる。そんな光景を覚えてます」

「9k」の店舗。「みどり文庫」とかつての店名がそのまま残る=徳島市下助任町

 みどり文庫は1950年代、小林キミコさんという女性が開いた。親族によると、徳島県立高等女学校を卒業後、子育ての傍ら、パートや内職で資金をため、土地を買って開店したそうだ。開店当初はまだ、みんなが貧しい時代。本を買う経済的余裕がない人も多く、貸本屋でのスタートだったという。社会が豊かになるのに合わせ、新刊書店へと形態を変えた。雑誌全盛時代には、定期購読者の自宅に雑誌を自転車で配達し、喜ばれた。

 開店から半世紀余りを経た2007年、小林さんは他界。それからみどり文庫はシャッターが閉まったままだった。

 堀江さんは、子育てと仕事の間で葛藤した末、この店舗を借りるに至る。

レジカウンターに立つ堀江さん

リーマンショックで仕事失う。でも、「家庭ではアイデンティティーを確立できなかった」

 子どもの頃から、絵を描くことが好きだった堀江さん。徳島商業高校を卒業後、徳島市内の印刷屋に就職した。「紙のデザインの仕事をしたくて。就職活動のときにはタウン誌を発行する会社などにも電話をしましたが、どの会社にも『即戦力じゃないと』と断られて。たまたま客として行っていた印刷屋さんが人手が必要なときで、雇ってもらえました」

 24歳で結婚、出産。出産後、職場に復帰する予定だったが、リーマンショックが起きる。「すまんけど、戻ってきても仕事がないわ」。そう社長に言われた。

 パートでデザインの仕事をしながら、5年の間に4人の子どもを産んだ。片手で赤ちゃんを抱えながら、もう片方の手で幼児の手を引く毎日。「当時のことはあんまり記憶がない」と言うほど、子育てに追われる日々が続いた。「それでも、やっぱり仕事は好きで、何かやりたかった。家庭の中では、私はアイデンティティーは確立できなかったんですよね」

 仕事と子育てとの間で悩む日々が続いた。仕事を任せてもらえたらうれしい。けれど、子どもがいると思うように進まない。両立しやすいように配慮して割り当ててくれた仕事には「それ、私じゃなくてもできるよね」と思ってしまう。

 「結局、ないものねだりなんでしょうけど。でも、『何かやらないと』ととにかく焦って、自分ができることを探していました」

本棚に並ぶ絵本。表紙を眺めるだけで楽しい

「本はくさらない。売れなくても自分のものになるだけ」。店舗ない本屋からスタート

 転機になったのが、2010年代になって徳島で広がった欧風産直市「マルシェ」だ。店舗をもたずに、マルシェに出店することで客とつながる人たちを見て、こんな働き方があるのかと思った。「店舗を構えるリスクを負わず、小さな規模で、自分を表現できるんだなと」。自分もできるかも。じゃあ、何をやろうか。考えたときに、前向きな消去法でたどり着いたのが、絵本と児童書の店だった。

 「本はくさらないし、出店時に子どもも連れていける。若いうちに子どもを産んでいるのも生かせる」。何より、自分は絵本が好き。「お金はないからリスクは負えないけれど、本なら売れなくても自分のものになるだけ」。2015年、「9k」と屋号を付け、店舗のない店を始めた。県内各地で開かれるマルシェに出店し、実績を重ねた。 

ビデオ会議システムを使って家で留守番中の子どもたちを見守る。「会社でもこんなことができたら、子育て中の人も働きやすいんですが」と堀江さん

 本の在庫が増えた昨年、倉庫代わりになる仕事用のワンルームを借りようと、不動産屋を訪れた。「いつかは本屋をやりたい」ともらすと、「それやったら、みどり文庫さんを借りられたらいいよね」と言われた。借り手を募集しているわけでもなかったので、期待はしていなかった。しかし、結果はマル。「不動産屋さんがオーナーに聞いてくれたら、『いいよ』と返事がきて。ご縁ですよね」。

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、小売業界ではオンライン販売が広がる。けれど、堀江さんは「場」にこだわる。「ただ本が売れればいいというわけじゃない。だから、オンラインに踏み切れなかった」。自分が子育てで悩んでいるときにはたくさんの人の言葉に助けられた。だからこそ。「『それでもいいんよ』。子育てで今、大変な思いをしている人に、そんな言葉を掛けられる場に、この店をしたいなって」

 貸本屋、新刊書店、古本の絵本店。時代とともに店主やスタイルを変えながら、かつての「みどり文庫」は本を通じ、街の人々をつなぐ。

本について客と語らう店主の堀江さん(右)=徳島市下助任町の「9k」

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 「9k」は原則、月、火、水、土曜日の午後1時から6時に営業。スケジュールはフェイスブックページで確認を。駐車場2台。問い合わせはメール〈9k.kyukei@gmail.com〉。