「夢のような国でした」思いが詰まったメッセージシール=8月30日、そごう徳島店9階

 徳島に移り住んで4度目の夏。そごう徳島店が閉店する瞬間を撮影した。自分にとって、そごう閉店を撮るのは2度目。1度目は2000年9月、「有楽町で逢いましょう」で有名な、庶民派デパートの老舗「有楽町そごう」だった。

 その年に経営破綻し、閉店セールでは10万円の商品が1万円台で売られ、地下鉄のコンコースまで買い物客の行列が延びていたのを覚えている。閉店後、建物はビックカメラに変わり、職業柄よく通った。

 徳島で現在の職に就き、そごう徳島店を訪ねると、日本橋三越とよく似た湾曲した正面入り口に懐かしさを感じた。一瞬、三越かと思ったが、上空に目をやれば「SOGO」のマークがある。都内では姿を消したそごうが、徳島では今も「街の顔」になっているのが興味深かった。徳島に来たばかりの頃、東京では見慣れたイオンの開店が新聞の1面記事になり、上司に「いきなりステーキってなんえ?」と聞かれて驚いたことを思い出す。

 そごう徳島店の閉店は、2019年10月に発表された。突然の閉店発表に、普段の週末でも人通りが少ない徳島駅前がますます寂しくなるのではないかと心配になった。あれから10カ月、いよいよ閉店セールが始まり、取材で訪れると人の流れが変わっていた。東京で目にした閉店セールと同じように、売り場は人であふれていた。

 ただ、有楽町そごうの閉店時と違う光景もあった。地下食品売り場では全ての商品が売れ、空のケースだけが残っていた。従業員同士が「お疲れさまでした」と目に涙を浮かべていた。

 屋上に足を運ぶと、家族連れやカップルがスマホを片手に、そごうのロゴマークをバックに記念撮影していた。屋上にはプレーランドがあり、大の大人がキリンやパンダの遊具にまたがり笑顔で記念撮影をしている。「子どもの頃、よく乗ったんです」と話していた。

 9階のアーカイブ展に行けば、開店当時の映像を食い入るように見る人々がいた。壁一面に貼られたメッセージボードには「ありがとうそごう」「思い出がいっぱい」の文字であふれていた。

商品は全て売れ、空となった高級チョコレートのショーケース=8月31日午後6時ごろ、地下1階食料品売り場

 その中の1枚に「小学生の頃オープンしたそごうは夢の国のようでした」と記されていた。夢の国といえば東京ディズニーランドというイメージだが、ここまで徳島の人たちがそごうに思い入れを持っていることに正直驚いた。

 閉店当日の8月31日。2階正面入り口前で午後7時半の閉店の瞬間を待った。午後7時すぎには大勢の人で埋め尽くされた。千人以上はいただろうか。3密どころの騒ぎではない。マスク姿の人から「ありがとう」の声が鳴りやまなかった。

 シャッターが下りる速度も有楽町そごうとは違った。横一列に並び、深々と頭を下げる従業員。ゆっくりゆっくりとシャッターが下りていく。途中で頭を上げる従業員は誰一人いなかった。シャッターが下りきっても拍手は鳴りやまず、周辺には涙ぐむ人がいたほか、当時の店歌まで歌いだす元従業員の姿も。有楽町そごうでは涙ぐむのは客ではなく、従業員の方だったのと対照的だった。

大勢の人たちから「ありがとう」の声が響き、拍手を送る人たち=8月31日午後7時半すぎ、そごう徳島店2階正面入口前

 都会なら、そごうが閉店しても百貨店は他にたくさんある。大丸、三越、高島屋・・・選ぶのに困るぐらいだ。だが、徳島県民にとって、そごうの存在は重みが違った。まさに夢の国のような存在だったことを思い知らされた一日だった。(カメラマン・HY)