美術館とは「見て、楽しむ」だけの場所なのでしょうか-。障害の有無や年齢に関係なく、誰もが訪れやすい「ユニバーサル・ミュージアム」を目指す徳島県立近代美術館の取り組みが10年目を迎えました。手で触れたり言葉を介したりして作品を楽しめる鑑賞会を催し、視覚障害者が参加しやすい場を提供してきたほか、聴覚障害者に向けては手話による作品解説や筆談で語り合う鑑賞会を企画してきました。当事者の声を取り入れながら工夫を重ね、美術館を多様な人が集える場にしようと試みを続けています。

聞こえる人も聞こえない人も参加して、美術に親しんだワークショップ=県立近代美術館

 8月23日、ボディーランゲージを使った鑑賞会を取材するため、県立近代美術館に出向いた。現在開催中の「ユニバーサル美術館展」の関連イベントで、講師には聾(ろう)の俳優庄崎隆志さん=淡路島在住=を招いている。

 会場に着くと、既に参加者が集まり、めいめいに会話しながら盛り上がっていた。盛り上がってはいるけれど、そこはとても静かだった。会話は手話でなされていたから。私は手話ができない。

 みんなの様子を見ていると、「ちょっとアウェー感がありますか」と同館係長の亀井幸子さんに話し掛けられた。うなずくと、亀井さんはこう続けた。「いつもは耳が聞こえない人はこういう感じを味わってるんだと思いますよ。でも、イベントでは手話も日本語も使いません」

 展示室に行く前に、会議室でウオーミングアップをする。参加者は10人。聴覚障害者もいるはずだが、手話も日本語も使わないから誰がそうなのかは分からない。

「聞こえる、聞こえないに関係なく、想像力で楽しむ」

 空想のボールをみんなでパスしあうゲームをして、アイスブレーク。「正解」「違います」と伝えたいときのボディーサインについてみんなで合意をつくったり、みんなのニックネーム代わりのサインを決めたりしているうちに、参加者の間に親密な空気が生まれていく。

 「ユニバーサル美術館展」の会場へ向かう。2018年度から毎年実施している展覧会シリーズで、所蔵作品を誰もが楽しめるように見せている。作品にシンプルな言葉で紹介文を付けて考えや会話が生まれやすくしたり、好きな場所に椅子を置いて作品を見られるようにしたりと、随所に工夫がある。

会場の好きな場所に椅子を置いて鑑賞できる

 入り口近く、徳島県小松島市出身の日本画家市原義之が描いた「街の朝」の前に参加者が集まる。絵画に描かれた木々になり切って立つ。「風が吹くよ」と言うように、庄崎さんが腕を振ると、みんなが同じ方向に体を傾ける。まるで風にそよいでいるかのように見える。大木を演じている体格のいい男性は風が吹いても動じず、笑いが起きた。

庄崎さん㊨が腕を振ると、木々になり切った人が体を傾ける。まるで風にそよいでいるかのよう

 参加した聴覚障害者の平光江さん(63)=県聴覚障害者福祉協会理事長、勝浦町=は「聞こえる、聞こえないに関係なく、身体と想像力で楽しめた」と話す。「耳が聞こえなくても、演劇も見に行きますよ。役者の表情や身ぶりで伝わってくるものがあります」

見えなくても、「自分の頭の中のキャンパスに描く」

 ユニバーサル・ミュージアムは、1980年代に米国の建築家・プロダクトデザイナーのロバート・メイスが提唱した、できるだけ多くの人の利用を可能にする「ユニバーサルデザイン」の考え方に基づく。2000年代に入り、日本の美術館や博物館に広がり始めた。

 県立近代美術館の取り組みは11年度にスタートした。県立聾学校(現・徳島聴覚支援学校)での勤務経験がある亀井さんの発案で、手話通訳付きの展示解説を行ったのがきっかけだった。以降、作品の前で鑑賞者が筆談で対話する「筆談トーク」を実施したり、聴覚障害者向けに美術館を紹介したウェブ動画を制作したりしてきた。

 13年度からは視覚障害者が鑑賞できる方法についても模索している。絵画の輪郭に凹凸を付けた「触察図」を制作。凹凸を手で触ると、どんな絵が描かれているかが分かり、鑑賞の手掛かりとなる。対話を通じて作品のイメージを膨らませる鑑賞会も開催している。

輪郭に凹凸を付けた「触察図」

 全盲の戸部節子さん(68)=徳島市=は15年、対話による鑑賞会に初めて参加した。「見える人たちがさまざまに口にする感想を聞くことで、自分の頭の中のキャンパスに絵が描かれていくのに感動しました」と振り返る。「それが合ってるかどうかは分からない。けれど、見える人だって、感じ方や見方は人それぞれですよね」

 彫刻作品に触れるワークショップや展示も実施。触れることで、作品の質感、大きさ、形などさまざまなことが感じ取れる。

彫刻に触って鑑賞するコーナー。手話による展示解説も行われた=2018年(県立近代美術館提供)

「多様な価値観を集めた美術館。排除される人がいるのがおかしい」

 このほか、子供を対象とした鑑賞会も頻繁に開催している。ロビーに椅子を置いて語り合える場所を作ったり、チケットカウンターなどを分かりやすく示すサインを設置したりと、環境整備も同時に進めている。

 芸術とはそもそも、多様な価値観を内包し、誰もが楽しめる表現活動だ。「今は、『こうしないといけない』という規範が多い世の中。けれど、アートの世界は正しさや正解と無関係。みんなの出す答えが違って当たり前なのがいい」と戸部さん。亀井さんと取り組みを続けてきた上席学芸員の竹内利夫さんは「美術館は多様な価値観を集めた場所。そこから、排除される人がいることがおかしい」と言う。

 戸部さんは対話による鑑賞会をきっかけに、同館のボランティアとしてユニバーサル・ミュージアム事業に関わっている。神戸などの美術館へ出掛けたりと活動も広げた。「解説を聞いて画家のことを知れば、分からないなりに想像が広がる。視覚障害者は美術館に入るきっかけがそもそもない。近代美術館での体験が一歩を踏み出すきっかけになったかな」と振り返る。

 ただ、県立近代美術館では、新型コロナウイルスの感染拡大後、作品に触れたり大勢が集まったりする企画は避けざるを得ず、模索が続いている。

 「試みも途上であるし、コロナの広がりで悩みも多い。けれど、すべての人を『どうぞ、ようこそ』と歓迎できるよう、一歩ずつ進めていきたい」と竹内さんは話す。

 「ユニバーサル美術館展」は9月13日まで。手話や要約筆記による展示解説、視覚障害者向けツアーは希望があれば随時実施する。事前相談が必要。問い合わせは同館〈電088(668)1088〉。