英国とフランスの間のドーバー海峡は狭い所でも34キロの距離がある。1982年、大貫映子(てるこ)さんは9時間32分かけて泳ぎ切った。日本人初の快挙。鳴門海峡を横断する2カ月前のことだ
この偉業を徳島ゆかりの大塚製薬が支えたのはあまり知られていない。流動食を提供し、泳ぐ大貫さんの栄養補給をサポートした。流動食は改良の後、人気商品のカロリーメイトとして親しまれている
「島から泳いで海を渡った」と聞いて大貫さん級の遠泳を思い浮かべたが、違った。愛媛県今治市にある刑務所施設から逃走し、世間を騒がせた平尾龍磨容疑者である
容疑者が泳いだという島から対岸までは最短で200メートルとか。さりとて軽く見られるものではない。鳴門市の大毛島と県本土の間にある小鳴門海峡とほぼ同じ幅。潮の流れも速いというから度胸は要ったはずだ
泳いでいる間に栄養をとる必要はなかっただろう―などとのんきに想像している場合ではない。再び逮捕されるまで、近隣の住民はどれほど不安にさいなまれたことか。容疑者はもってのほかだが、刑務所と警察の責任は重い
潜伏していた島には空き家が千戸以上あり、捜索が難航したともされる。今日的な問題である。受刑者管理に警察の捜索手法、そして空き家対策。23日間に及ぶ逃走劇は見過ごせない問いを突きつけた。