「現場での任務が一番面白い」と、現場主義者を自認する。尖閣諸島警備や中国人の大量密航の捜査、海底の地形調査など、さまざまな分野を渡り歩いてきた。保安部のトップに就任し「最前線での仕事ではなくなるが、職員に目配りして県民のニーズに応えていきたい」と意気込む。
南海トラフ巨大地震発生時の対応を重要課題に挙げる。県沿岸部には地震発生から短時間で津波が押し寄せると予想されており、「迅速に避難誘導するため、普段から船舶にしっかりと啓発する」と言う。
北九州市出身。関門海峡に近い海に囲まれた地域で貨物船や漁船が行き交う風景を見ながら育ち、海に関わる仕事に就くことが夢になった。
「海から人を守り、人から海を守る」。高校生の時に、海上保安大学校の採用試験案内に書かれていたフレーズが目に止まった。漠然としていた将来像がはっきりした。
思い出深いのは、駆け出しだった1986年の釧路海上保安部時代。イカの流し網漁をする日本漁船を監視していた時、ある漁船内で乗組員同士の殺人未遂事件が起きた。洋上では珍しい事件に、緊張で震えながら処理に当たった。「事件に携わったことで自信がついた。仕事に向かう姿勢が身についた」
愛媛、香川、高知各県で勤務したことがあり、徳島での勤務は初めて。妻(54)に誘われ、昨年、スキューバダイビングのライセンスを取得した。「徳島のダイビングスポットを探して潜ってみたい」と笑顔を見せた。小松島市内の官舎で妻と2人暮らし。57歳。