里帰り公演の成功を喜び合う古さん(左)と亀井さん=ドイツ・リューネブルク市

歌声交流中国からも


 縁というのは不思議なものだ。ドイツ・リューネブルク市で開かれた「第九」里帰り公演に中国・青島市の合唱団が参加したのは、偶然の再会がきっかけだった。

 里帰り公演実行委員長の亀井俊明さん(73)=元鳴門市長=と、青島大音楽学部卒業生らでつくる合唱団の指揮者、古光均さん(60)。2人の出会いがなければ、ドイツでの日中共演は実現しなかったかもしれない。

 始まりは1998年にさかのぼる。日中平和友好条約締結20年を迎えたこの年、徳島少年少女合唱団が青島で公演し、現地の愛楽少年合唱団と共演して姉妹提携を結んだ。

 青島は第1次大戦時、板東俘虜収容所で第九をアジア初演したドイツ兵がもともと駐留していた場所。その縁で当時県議として鳴門と青島との交流推進に取り組んでいた亀井さんが、公演を仲介した。そして、愛楽少年合唱団を率いていた指揮者が古さんだった。

 この公演を機に鳴門と青島の交流が本格化。2008年には青島で日本、ドイツ、中国の合唱団による第九演奏会も実現した。

 16年6月、亀井さんは青島を訪れ、「リューネブルクでの里帰り公演にも参加してほしい」と市側に呼び掛けた。しかし、12年の尖閣諸島の国有化以降、日中関係は冷え込んだまま。わざわざドイツまで出向いてくれる確証がない中、青島大の音楽関係者を紹介された。そこに現れたのが古さん。18年ぶりの再会だった。

 古さんは当時のことをよく覚えていた。「それなら協力しましょう」。里帰り公演への参加を快諾し、約40人の合唱団を率いて訪独することになった。

 「長年、青島と友好関係を続けてきたからこそ、古さんとの再会があった」。亀井さんの感慨はひとしおだ。

 青島は第1次大戦時、日独の戦場となった被害者。当初は第九を通じた交流を求めても、市側は「なぜ私たちに関係があるのか」と冷ややかだった。そんな中、鳴門の第九で平和を願う意義について説明を重ね、理解を得られた経緯がある。

 3月11日、日中に加え、ドイツ、米国の4カ国の合唱団でリューネブルクの舞台に立った古さんは語った。

 「過去の出来事は歴史として捉え、私たちは未来に向かって歩まなければならない。この公演は新たな出発点となった」

 青島のある山東省は孔子の出身地。孔子は「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」との言葉を残し、音楽は人格を完成させるほど大切なものだ、と説いた。

 青島の合唱団の一人、王首権さん(73)は「偉大な音楽の下にさまざまな国の人たちが集い、平和と友愛を発信した。言葉で言い表せないほどの感動だった」と感じ入った。

 音楽ホールの控え室に古さんの姿を追い掛けた。今回の取材とは別に、見せたい物があった。1998年8月、徳島少年少女合唱団の青島公演を伝える徳島新聞の記事だ。偶然だが、この公演にも記者として同行取材した。古さんにも当時、音楽交流などについて話を聞かせてもらった。

 「この写真に写っているのは古さんですよ」と記事を渡した。「そうでしたか」。目を丸くした古さんは、やがて朗らかな笑顔になった。ドイツでの19年ぶりの再会。つくづく、縁というのは不思議なものだ。