ノーベル文学賞作家のカズオ・イシグロさんは小説を書く時、「メタファー(隠喩)」を特に意識するそうだ。講演やインタビューの記事で再々見掛けるほどだから、よほどこだわっていると見える

何かに直接例えるのではなく、連想によって物事を表現する。例を挙げれば、映画化もされた3作目の「日の名残り」。英国貴族に仕える執事の半生をつづった中に、政治権力と私たち市民の関係を透かし見せたという。隠喩が力強く威力を発揮する物語を好む、とも

イシグロさんが意識する隠喩はどこか重く、難解な気がしないではない。だが、こちらの例えは柔らかで楽しい。NHKで現在放送中の朝ドラ「半分、青い。」を見て思う

幼少期の病気で左耳が不自由になったヒロイン。耳鳴りがあっても「こびとが歌って踊ってる」、雨の音を聞けば「半分だけ雨降っとる」と明るく受け入れる。という命題を、あくまでソフトな例えで連想させる

失敗で形の崩れた目玉焼きや焦げたパンを、工夫一つで見た目に楽しく変化させるオープニング映像も心憎い

障害だけでなく、国籍や性的指向などの多様性が尊重される今日である。「半分、青い。」の主な時代設定は、バブル期を挟んだ1990年前後。背景が違っても、現在に向けた隠喩としての威力は、すこぶる強い。

2018・5・9