新刊「いのち」を手に笑顔を見せる瀬戸内さん=京都市の寂庵

新刊「いのち」を手に笑顔を見せる瀬戸内さん=京都市の寂庵

 徳島市出身の作家・瀬戸内寂聴さん(95)の「最後の長編小説」と銘打たれた新作「いのち」(講談社刊)が出版された。90歳を過ぎて身体の衰えや病気に直面する中で、筆を競った友との交流や別れをひもとき、70年に及ぶ作家の生きざまを鮮やかに描き出している。瀬戸内さんは京都市の寂庵で取材を受け、新著への思いを語った。

 昨年春から1年余り、文芸誌「群像」に執筆した連載をまとめた。

 小説は、瀬戸内さん自身を思わせる主人公が、92歳で胆のうがんの手術を受けた2014年の光景から始まる。手術後の痛みと向き合い、死を強く意識する病床で、これまで出会った作家や愛した男性のことを思い出していく。

 中でも公私にわたって交流を深めた河野多恵子(1926~2015年)、大庭みな子(1930~2007年)の2人の作家とのエピソードが大半を占める。瀬戸内さんは「2人は日本文学史に残る作家で、一番よく知っている私が書くべきだと思った。悪口も多いけど、愛があるから書けるのよ」と狙いを語る。

 河野と大庭は互いをライバル視する一方、両者とも瀬戸内さんには心を開く。奇妙な三角関係を軸に、2人との会話を織り込みながら作家としての心構えや死生観、性癖までありありと描写。2人の鮮烈な「命」をみとった後で「生れ変っても、私はまた小説家でありたい。それも女の。」と結んでいる。

 「小説は誰でも書けるが、精神を伴う特別な仕事と思う。男の何倍も深い人生を送れる女の方が面白い」と瀬戸内さん。執筆中にも入院し、連載を3カ月休載した。今も体調は万全ではなく、新刊の帯には「最後の長編小説」との文言が躍る。

 取材に「本当は書きたいテーマが一つある」と明かした瀬戸内さん。「それは家族のこと。私は家族を捨てたけれども娘とは交流があり、ひ孫は3人いる。でも『書いてくれるな』と言われているので書けないかな」と笑った。

 「いのち」は256ページ、税別1400円。県内の書店には4日以降、並ぶ見込み。