かつて「阿波で一番名を挙げたのは、五百羅漢に苫(とま)ケ島(江戸時代の名力士)」と言われ、古くから観光地として栄えた板野町羅漢の5番札所・地蔵寺と奥の院五百羅漢。周辺では、おもてなしの文化が今も息づく。白装束の遍路を、住民がお接待し、昔ながらの風情を漂わせている。

はり治療で癒やし、民宿「おんやど 森本屋」

 1番札所霊山寺(鳴門市)から歩き始めた遍路が、一日の終わりに訪れる場合が多い地蔵寺。門前では、鍼灸(しんきゅう)師としても活躍する5代目おかみ・美馬正子さん(62)が切り盛りする民宿「おんやど 森本屋」が、遍路を迎え入れる。

 100年以上の歴史がある古民家を、2013年にリニューアル。段差を減らしてバリアフリー化を進める一方で、改築前の柱や梁(はり)を残し、古風な雰囲気を感じさせる。

 歩き疲れた体を癒やしてくれるのが、はり治療だ。初めて受ける外国人遍路もいて、最初は怖がる様子を見せながら、翌朝には軽くなった状態の変化に喜ぶという。

 美馬さんは三好市出身。24歳の時に結婚し、30歳で夫と共に上板町で美馬接骨院を開業。結婚後は夫の実家である宿の手伝いを続け、2年前に女将となったのを機に、宿内に鍼灸院を開いた。

 訪れる遍路は多様だ。持病などで悩みがある中高年、自分探しの若者、日本文化に興味がある外国人・・・。「聞いた話だけで小説がかける」と笑う。

 鍼灸院と宿の経営を掛け持ちし、忙しい日々を送る。「人を癒やすという点では、どちらも同じ。お客さんの疲れが取れれば、自分の疲れも取れます」と笑顔を見せた。

はり治療を施す美馬さん=板野町羅漢

日常に溶け込むパン作りたい「フジムラベーカリー」

 田園風景の中に立つ倉庫のような白い建物。午前9時前になると、人の列ができる。クリームパンが評判の「フジムラベーカリー」で、営業時間は「売り切れまで」という。

 クリームパンは、口に含むと、なめらかなクリームがあふれ、「飲んでいるような感じ」と言う人もいる。口コミで人気が広がり、写真共有アプリ「インスタグラム」への投稿も多い。早い時では開店から数時間でなくなる。

 店主の藤村孝さん(40)は、生粋のパン好きだ。物心ついた時には、小銭を握りしめて移動販売に駆けつけた。大学時代はパン店でアルバイトをし、卒業後は鳴門市の「バックハウスナツキ」などで10年ほど勤めた。

 11年からは実家の農業に専念したものの、思いは捨てきれず、16年3月、自らの店をオープンさせた。

 「特に変わったことはしていない」と言いつつ、こだわりもある。「わざわざ買いに来てくれた人に少しでもサービスしたい」としてクリームパンにはクリーム、菓子パンにはチーズ、サンドイッチには野菜といった具を多めに詰め込む。「特別ではなく、お客さんの日常に溶け込むパンを作りたい」と話す。

 営業は午前9時から売り切れまで。定休日は日・月曜。問い合わせは同店<電088(672)2461>。

クリームパンが並ぶフジムラベーカリー=板野町黒谷

自然体で遍路を接待「ギャラリーカフェ・ブリッサ」

 5番札所・地蔵寺を参拝し、6番札所・安楽寺に向けて西進すると、「おへんろさんお茶どうぞ」という看板が目に入る。民家の1階部分がギャラリーカフェ・ブリッサとなっている。これまでに歩き遍路で8回結願した立花悟さん(81)がマスターを務める。

 店内にはギャラリーが設けられ、写真や絵画、短歌などの展覧会が年間20回以上開かれる。置かれている「一期一会ファイル」には、出会った遍路からの手紙や写真が貼られ、日本語だけでなく英語やドイツ語といった多様な言語で遍路を続ける思いやブリッサへの感謝がつづられている。

 立花さんは栃木県日光市出身。歩き遍路で受けたお接待に心を動かされ、自ら支えようと考えた。遍路道沿いで適当な場所を探し、2008年にオープンさせた。水彩画が趣味だったこともあり、地域文化の発信も目指した。

 「店内に入らなくても気軽に休憩できるように」との思いから、屋外に机やイスを置き、お茶の入ったポットや菓子、足にまめができた場合のためにばんそうこうを備えている。

 「志があるわけじゃない。単に楽しいから続けている」とひょうひょうと話す。ブリッサとは、スペイン語で「そよ風」の意味。自然体で生まれる雰囲気が、心地よい風を送っている。

遍路を温かく迎える立花さん=板野町羅

あめを売り続け16年、地蔵寺山門そばの屋台

 「ストレート、ライト、オーケイ」。5番札所・地蔵寺山門そばの屋台から、聞こえてくる片言の英語。近年増えた外国人遍路に、道を教えているのは、あめを売り続けて16年になる漆原文武さん(75)だ。

 1980年に、勤めていた菓子製造「米津製菓」(当時徳島市)の経営を受け継いだ。当時は商店に卸していたが、景気の悪化や大型商業施設の進出で販路が狭まり、2004年から小売りに転換。面識のあった岡本慈勝住職に場所を借りられないか相談した。

 地蔵寺では当時、遍路の車を狙った車上荒らしが相次いでいた。山門前の駐車場は塀の外にあり、境内からは目が届きづらい。常に人がいれば被害が減ると考えた岡本住職は、無償での貸し出しを決めた。

 天候の良い土・日曜を中心に、朝から夕方にかけて店を出している。ミカンやイチゴ、落花生といった味のあめを製造して販売しているほか、季節によっては地元産のサツマイモや干し柿も並べている。

 友人や立ち寄った遍路と話をするのが楽しみ。「新型コロナウイルスの影響で、ほとんど姿が見えなくなっていたお遍路さんも戻りつつある。昔懐かしいお菓子で、ほっと一息つける時間を提供したい」と、これからも立ち続ける。

あめを製造して販売している漆原さん=板野町羅漢