高の瀬峡の上流部で見つかった化石漣痕=那賀町

 水流の痕跡の化石とされる「化石漣痕(れんこん)」が、那賀町木頭北川の高の瀬峡より約2キロ上流の那賀川沿岸で確認された。縦約10メートル、横20メートル以上にわたって大規模で、岩壁の表面が波打ったような模様になっており美しい。地質に詳しい石田啓祐徳島大名誉教授は「約1億6000万年前(ジュラ紀後半)にできたとみられる。『宍喰浦の化石漣痕』(海陽町、国指定天然記念物)より1億2000万年も古く、とても珍しく保存状態がよい。貴重な文化資源だ」と話している。

 見つけたのは、釣り師として著名な山元八郎さん(72)=徳島市丈六町。高の瀬峡周辺での渓流釣りを50回以上重ねる中で、10年以上前に気付き、今年11月中旬、再確認した。

 石田さんが写真を見て調査データと照合したところ、見つかった漣痕は約1億6千万年前に当時の海溝(水深数千~1万メートル)でできたことが分かった。

 また、岩壁表面の模様から、ジュラ紀当時の海底の水流が西から東方向だったことが明らかになった。約4千万年前の宍喰浦の漣痕は水流が東から西向きのため、高の瀬峡の漣痕ができた古い時代は、水流が反対方向だったことがうかがえる。

 石田さんは42年間にわたって県内全域で地質調査を実施。今回の確認現場周辺で地層に残った水流方向を調査した際、漣痕を見たことがあり、同じ地層の漣痕とみられるという。

 場所は剣山スーパー林道の対岸にあるため、一般的には近づきにくいが、山元さんは「高の瀬峡の新たな名所になればよいのだが」と期待を寄せている。

 石田さんは「漣痕は国内外で見つかっているが、高の瀬峡と宍喰のものは大きく、同じくらい保存状態がよい。海洋や気候・生態系の地球規模の変化とプレート運動の関係解明に貢献できる」と話している。

 化石漣痕 砂の海底に水流の痕跡ができ、粘土層などがその上を覆うことで水流痕跡が地層として残る。その後、隆起と侵食によって粘土層がはがれ、水流の痕跡が再び現れたもの。生物に由来する化石ではない。県内では海陽町の竹ケ島にもある。