徳島県や鳴門市がユネスコ「世界の記憶」(世界記憶遺産)への登録を目指している板東俘虜(ふりょ)収容所の関連資料が劣化している。所蔵する市ドイツ館に専用の収蔵庫がないなど、管理機能が不十分なためだ。ドイツ館では展示設備の改善の必要性も指摘されている。1993年の移転新築から25年が経過し、多くの課題が浮上している。
「ここまで傷んでいるとは」。2016年7月、ドイツ館初の学芸員に就いた長谷川純子さん(42)は、施設2階の資料室で絶句したという。
ベートーベン交響曲「第九」アジア初演の証となる公演プログラム(二つ折り縦27センチ、横20センチ)は茶色に変色し、インクがにじんでいる。他にも、端が欠けるなど激しく傷んだ資料が少なくない。
収容所の印刷物には腐食しやすい酸性紙が使われており、温度や湿度の変化に弱い。しかし事務室を兼ねる資料室は、室温が一日に最大で5度、湿度は10%程度変化する。「資料を未来に残していくには、専用の収蔵庫が欠かせない」と長谷川さんは強調する。
ドイツ・ボンにあるベートーベンの生家を活用した博物館「ベートーベンハウス」は、室温19度、湿度50%に保たれた収蔵庫で初演プログラムを保管している。プログラムは白さを保ち、傷みも少ないという。
一方、ドイツ館は博物館ではないため、本格的な保管設備が整っていない。17年7月に湿度管理ができる収納棚を導入したものの、温度変化には対応していないという。家具や美術品などの大型資料約50点は保管場所がなく、敷地内のプレハブ小屋に置かれているのが実情だ。
市は記憶遺産登録に向けて、こうした状況の改善を検討し始めた。登録が実現すれば高い水準での保存機能や普及・啓発活動が求められるためだ。
市は16年度から、資料のレプリカ作成やデジタル化に着手。専門の学芸員を配置し、紙やインクなど資料ごとに素材分析を進めている。17年7月に有識者でつくる検討会を設けて保存の在り方を探っており、本年度末に保存管理計画を策定する方針だ。
資料保存を巡る議論の中で、展示環境に関する改善点も浮かび上がってきた。
ドイツ館の展示室は3室で計550平方メートルと狭い上、高い位置に展示ケースがあるため車いすの人や子どもが見学しづらい。アジア初演の様子を再現した人形シアターや収容所の模型などの展示物も開館当初のままだ。
市市民環境部の小椋勝参事は「資料はきちんと保存した上で、魅力ある展示に変えていかないといけない」と話す。ただ、大規模改修となれば多額の費用がかかる。記憶遺産に登録されても助成金などはなく、財源確保が課題となりそうだ。
貴重な資料をどう守り、活用していくか。市に課せられた責任は重い。
≪鳴門市ドイツ館≫ 元捕虜と地元住民の交流記念施設として、市が1972年に開設。93年、約400メートル南の現地に新築移転した。姉妹都市の独リューネブルク市庁舎を模した外観が特徴で、板東俘虜収容所で発行された新聞「ディ・バラッケ」や公演プログラム、手紙、写真などの資料を中心に約700点を所属。展示室でこれらの資料を紹介するほか、企画展や講演会も開いている。