平井秀明さん(詳細は下記)

魂をわしづかみにする

演奏者も聴衆も一体に

 13日、東京都世田谷区の複合施設「二子玉川ライズ」での第九フラッシュモブを指揮した平井秀明さんら関係者に、第九の魅力などについて話を聞いた。

−第九が持つ力をどう感じるか。

 当時としては世界が仰天するような革新的な内容と規模の交響曲をベートーベンが発表した。生涯をかけ、いくつもの大曲を書き、行き着いた曲が第九。聴く人、演奏する人、歌う人の魂をわしづかみにして放さない。そういう魔力がある。

 合唱にとって難しい曲で、だからこそエベレストに登って、頂上でないと見られない景色を共有できるという特別な喜びがある。指揮者にとっても同じ。オーケストラも合唱も聴衆も、全部がつながる、心が一つになる瞬間を味わえる特別なものがある。

 演奏時間が70分という大作で、ベートーベンの生涯を縮図にしているような気がする。混迷の時代だったり、立ちはだかる壁だったり、耳が聴こえなくなる苦悩だったり。第1楽章にはものすごい葛藤や苦悩が感じられ、その後、安らぎや楽園が近づいてきているようでありながら、第4楽章で「これでいいのか」と、また問題が提起される。そして最後に皆が一つになる。第九にはドラマがある。

 苦しくて苦しくて、もう頂上まで行くのはやめようか。そこで力を振り絞って皆で助け合って頂上に一人残らず着いたという感じ。次も登れるかというと、そんな易しくない。そういう点も人をとりこにする要因かもしれない。日本人にとっては、この耐え忍ぶような精神性が合っているのかもしれない。

−ベートーベンは第九にどんなメッセージを込めたのか

 子どもって国籍や言葉が違っていても、すぐ友達になって遊ぶ。しかし、大人にとっては、握手をするとか、抱擁するとか、あいさつを交わすとか、簡単そうで簡単でない。人間の愚かな部分というか、欲というか。ベートーベンはそれに立ち向かわせようと「全ての人は兄弟になる」と語り掛けているような感じがある。

−指揮者という仕事の醍醐味は。

 昔から大勢の人の中でリーダーシップを取りながら、何かを作り上げるということが好きだった。指揮者はまさにそういう仕事だった。楽譜を読み込む力と指導力が必要となる。自分で音を出すわけでなく、非常に細かい地道な準備作業が続く。全体の9割が準備といっていい。

−平井さんは2017年1月13日、ニューヨークの国連本部・総会議場で第九を指揮する。各国から集う合唱団が声を合わせる。

 祖父が作曲家、父がチェリストという音楽一家に生まれ、音楽の道の厳しさを知るがゆえに、家族はプロになる実力はつけなさいと言うものの、音楽家にはなるなと反対した。自分の中で大きな葛藤があった。音楽の道を泣く泣く諦めようとし、国連に就職して、国際平和の仕事に携わるという夢を持つようになった。

 国際関係論を学ぶため、ニューヨークに留学した。音楽をする間もなく、勉強に没頭した。しかし、とても胸が苦しくなり、それで分かった。やっぱり音楽家になりたいんだ、と。

 大学院から音楽を専攻させてほしいと両親を説得しようと思い、まずは音楽の実績を積もうと、休みは全て音楽活動につぎ込んだ。オーケストラを結成したり、音楽祭を立ち上げたり、いろんな活動をした。許しが出て、大学院も受かり、初めて音楽だけをやっていい環境を手に入れた。

 約20年がたち、カーネギーホールで第九を指揮する機会を得て、それがきっかけで、ニューヨーク祝祭管弦楽団の音楽監督に就任することが決まった。

 平和活動をという思いは持ち続けていた。音楽家として何ができるか。父の恩師でもあり、自由と平和のために活動したスペイン出身の世界的チェリストで指揮者、作曲家のパブロ・カザルス(1876〜1973年)が国連平和賞受賞の折に作曲した国連賛歌も、ベートーベンの第九も人類愛という共通のメッセージがある。ぜひ組み合わせて、いろいろな国の人が参加して歌うというのを国連側に提案し、実現することになった。

−徳島の人にメッセージを。

 100年前の板東の史実が今も綿々と受け継がれている。これは運命のようなもの。ドイツ兵捕虜は第九の前にもいろんな曲を演奏しているが、第九に至るまでに徳島の人との交流、絆がどんどん深まり、その土台があって、人類愛をテーマにした第九を歌うことにしたのかもしれない。大いに世界に発信してほしい。

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ひらい・ひであき 祖父が童謡「とんぼのめがね」などで知られる作曲家の平井康三郎さん、父がチェリストの平井丈一朗さんという音楽一家で育った。

 米国ロチェスター大政治学科卒。イーストマン音楽院などで指揮法を学ぶ。1997年、フラデッツ・クラーロベ国際指揮者コンクール(チェコ)で第1位。オーケストラやオペラの指揮で活躍するほか、自作オペラ3部作の「かぐや姫」「小町百年の恋」「白狐」は国内外で30回以上の再演を重ねている。2010年からチェコ・ヴィルトゥオージ室内管弦楽団の首席指揮者。14年、ニューヨーク祝祭管弦楽団音楽監督に就任。

 徳島との関係も深く、12年6月には鳴門の第31回第九演奏会でタクトを振った。それ以前から徳島交響楽団の定期演奏会や自作オペラ「かぐや姫」の公演などで来県している。東京都。46歳。

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