イラストと共に「窓を3分の2程度開けてください」などと書いた紙を掲示しているドライブスルー方式の検査施設=県内

 「まさか」-。昨年8月上旬のある日。午後9時になろうとしていたころ、県内の40代男性のスマートフォンに保健所から着信があった。「検査で陽性が出ました。これからのことは改めて連絡しますが、入院の準備をしてください」

 7月末に喉が痛くなり、たんが絡むようになった。症状は2、3日続き、37度1分の微熱が出たため、職場の方針に従って仕事は休んだ。保健所に連絡した上でかかりつけの病院を受診し、へんとう炎と診断された。

 翌日も微熱が続き、上司から念のためにPCR検査を受けるよう促された。病院に相談し、ドライブスルー方式で検査を受けることになった。場所と時間を指示され、車で向かうと5、6台が並んでいた。

 車の窓の内側に保険証を押し当てて提示するよう求められ、それを担当者が外から写真撮影。その後、プレハブの建物に車を横付けし、半分だけ開けた窓越しに防護服の医師が鼻腔(びくう)から検体を採取した。「陰性なら明日、陽性なら今日の午後9時までに連絡がある」と伝えられ、帰宅した。

 「検査は万一のために受けただけで、感染の不安は全くなかった」と男性。それだけに陽性の結果を知らせる電話に耳を疑った。電話を切り、動揺しながら入院に向けて着替えや生活用品をかばんに詰め込んだ。

 翌朝午前7時ごろ、入院先と行き方に関する案内の電話があった。「どこにも立ち寄らないように自家用車を運転して行ってください。高速道路を使い、近くのサービスエリアで病院に連絡してください」

 病院の駐車場では防護服の看護師が待機していた。専用の入り口から通された病室は、風呂とトイレを備えた個室。初日は肺炎の有無を調べるレントゲンを撮り、医師の問診や血液検査などを受けた。

 入院生活は基本的に寝ているだけで、人と会うのは医師の回診と食事の配膳のときぐらい。治療らしい治療はない。入院2日目に熱が突然38度まで上がったが、解熱薬を1回服用するとすぐに治まった。3日目には平熱に戻ったため、大部屋に移動。2日間過ごした後に県が借り上げたホテルに移った。入所当日と翌日の検査で陰性となり、2泊3日で退所した。

 入院してからは自分の体調だけでなく、同居している母親のことも気掛かりで仕方なく、毎日連絡を取った。「家にいるのは母1人になったので、自分が感染者だと特定されて嫌がらせを受けるのではないかという心配があった」。幸い、そうした不安が現実のものとなることはなかった。

 保健所からの入院勧告などの書類は、自宅に戻った後に届いた。郵便物の一部は差出人が保健所職員の個人名になっており、特定されるのを避けるための配慮がなされていた。「当時は感染者が立て続けに出ていた。もし自分だけだったら特定され、事態は違っていたかもしれない」と男性は振り返る。

 男性が感染した経路は分かっていない。県外には行っておらず、普段の生活でも感染リスクの高い行動や場所は避けていた。男性は言う。「自分が感染するなんて絶対にあり得ないと思っていた。でも、誰もが当事者になる可能性がある」。