新型コロナに感染した親子が入院生活を共にした県立三好病院=三好市池田町

 昨年8月、県内の感染症指定医療機関の一つである県立三好病院(三好市)の一室で、新型コロナウイルスに感染した親子が入院生活を共にした。「母さん、死なないで。早く元気になって」。肺炎を引き起こした80代の母親のそばで、50代の一人息子は励まし続けた。

 阿南市で1人で暮らす母親は、県内初のクラスター(感染者集団)が発生した市内の通所介護施設を利用していた。高血圧の上、膝を悪くして思うように歩けず、買い物にも行けない。そのため、徳島市に住む公務員の息子が仕事帰りに立ち寄り、食事の世話などをしていた。

 母親の感染が判明し、息子は濃厚接触者となったものの、自覚症状は何もなかった。そのため、検査で陽性と判明した時はにわかに信じられなかった。入院先は母親のいる三好病院を希望し、病院側が配慮してくれたのだろうか、同じ病室に入ることができた。

 母親は入院後間もなく肺炎と診断され、国内初の新型コロナ薬として特例承認された抗ウイルス薬レムデシビルの投与を始めた。それでも発熱が続き、やがて酸素吸入が必要に。「80歳以上の肺炎はどんなに手を打っても3、4割は助からない」。息子は医師の説明にがくぜんとした。タレントの志村けんさんが新型コロナによる肺炎で急逝したことが頭をよぎり、不安は一層募った。

 「せこい」と繰り返す母親は、一時的に熱が下がることはあったが、具合は思わしくなかった。一方、息子は発熱や咳(せき)、体のだるさなどはなく、健康そのものだった。「薬を飲んでいれば必ず良くなる」。母親の回復を祈りながら、隣で励まし続けるしかなかった。

 看護師らが付きっきりで看病してくれるわけではなく、一日の大半を2人で過ごした。食事は息子が先に済ませ、食欲のない母親の口におかゆや高野豆腐などを運ぶ。母親が少しでも異変を訴えると、ためらわずにナースコールに手を伸ばした。

 入院してから2週間後、息子は検査で陰性となり、徳島市の療養用ホテルに移ることになった。母親を1人残したまま退院するのはつらかった。「もし何かあっても、会うことはできません」。新型コロナ感染症で死亡した場合、肉親でさえ死に目には会えないと医師から告げられた時のショックは今も忘れられない。

 その後、幸いにも母親の容体は回復に向かい、入院から約1カ月後に徳島市の民間病院に転院できた。既に職場復帰していた息子が駆け付けると、ストレッチャーに乗せられた母親は苦しそうに「せこい」とつぶやいた。後遺症のせいか歩行が不安定なため、現在は小松島市の介護老人保健施設に入所し、自宅での生活を取り戻せるようリハビリを続けている。

 重症化した母親と無症状の息子―。2人の場合、新型コロナに感染した後の経過は大きく違っていた。息子は言う。「母さんが死ななくて本当に良かった。ただ、高齢者が感染すると、大変なことになる」。