1867年創業のきもののたかはし。老舗呉服店らしく広い和室には華やかな着物や反物が並ぶ=吉野川市鴨島町

 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に乗船していた県人の新型コロナウイルス感染が判明してから1カ月が過ぎた昨年3月30日の深夜、県内で20代男女2人の感染が新たに判明した。

 当時は地方での感染例はまだ少なく、徳島では2、3例目。有名タレントが急逝するなど、新型コロナに「死に至る病」というイメージが定着し始めていたのも重なり、「本格的にウイルスが上陸した」と県民に驚きと不安が広がった。

 県は31日未明、県民への注意喚起を目的に感染した男女の立ち寄り先を公表。その中に、1867(慶応3)年から続く老舗呉服店「きもののたかはし」(吉野川市)の支店が含まれていた。しかも、接客した従業員が濃厚接触者に認定された。

 「その時は仕方がないことだと思った。事実だし、うそは発表されていない。ただ、大変なことになるだろうという予感はした」。髙橋弘樹専務の胸中に、何とも言い表せない不安がよぎった。感染者が支店に立ち寄っていたことは、30日に従業員から連絡を受けて知った。

 「新聞の夕刊に店名が載るらしい」。31日の昼ごろに知人からそう聞かされ、耳を疑った。そもそも県からは発表に関する連絡は何もなかったし、当然、了承もしていない。「なぜ、発表したのか。影響を考えなかったのか」。疑念と怒りがふつふつと込み上げてきた。

 店は3日間臨時休業し、自費で消毒を徹底した。保健所に対し、底を突きかけた消毒液の融通をお願いしたが、無理だと言われた。濃厚接触者以外の従業員のPCR検査も断られた。営業継続に不安を覚えて相談しても、「普通にしてください」とにべもない対応だった。店名をさらされたにもかかわらず、何もケアがないことに憤りを禁じ得なかった。

 営業再開後も苦難の連続だった。「きもののたかはし」の名はテレビや新聞を通じて拡散。感染者がまだ少ない時期だっただけに、県民は過剰に反応した。支店の客が減るのは予想していたが、影響は本店にまで及び、客足はぱたりと途絶えた。心配する顧客からの電話が連日、店内に鳴り響いた。

 客に迷惑を掛けないために、年に1度の書き入れ時である「決算大売り出し」は中止した。その後も定期的に催していた売り出しを全て取りやめた。売り上げは例年の半分以下の月が続いた。七五三の需要などで昨秋ごろから客足は戻りつつあるものの、今年は成人式を延期した自治体が多く、売り上げの回復はまだ見込めない。店は今も時短営業を続けている。

 店名公表から10カ月。全国で感染者は激増し、県内でも新規感染者の発生にかつてほどの驚きはなくなりつつある。一方で情報は氾濫し、ネット上では感染者が立ち寄った店や勤務先などに関する投稿も散見される。感染者が発生した施設や団体が自らホームページなどで公表する事例も増えた。

 髙橋専務は「店名がうわさで流れるくらいなら、公表されて良かったと今は考えるようにしている」と話し、「成人式など着物姿で笑顔になれる晴れ舞台が早く元通りになるのを願いながら、店を守り継いでいきたい」と力を込めた。