空席が目立ち、普段のにぎわいが失われた王王軒=藍住町徳命

 多い日は県内外から1日800人以上が来店し、昼時には店の入り口から県道に沿って数十メートルの長い列ができる。33席の店内は目まぐるしく回転し、調理場はさながら戦場のよう。藍住町の人気ラーメン店「王王軒(わんわんけん)」では、毎年お盆になるとこんな光景が繰り広げられる。しかし、昨年は様相が違った。

 「県道にはたくさん車が走っているのに、店の前に縄でも張られているかのように誰も来ない。昼時でも客がゼロの日が多かった。閉店も覚悟した」。社長(48)は振り返る。

 昨年7月31日、県内20例目の新型コロナウイルス感染者と濃厚接触者の立ち寄り先として、飯泉嘉門知事は「王王軒」の店名を公表した。「『絶対に公表しないでほしい』と何度も保健所の担当者に伝えていたのに」と社長。憤慨する間もないほど県民の反応は早く、公表当日の夕方から客足は途絶えた。

 繁忙期であるお盆の直前だった。緊急事態宣言の発令で客が激減した4、5月を何とか乗り切り、ようやく営業が軌道に乗り始めた時だった。アルバイトを増やすなど準備も整えていた。

 その日から、徳島ナンバーの車が店の駐車場に入ってくることはほとんどなくなった。大きなずんどうで100キロの豚骨を煮込んで作るスープは、連日廃棄が続いた。量を減らして作ろうとすると豚骨や水の量の加減が難しく、試行錯誤を繰り返しても思うような味にならない。苦悩の日々が続いた。

 店は社長が25歳だった1998年にオープン。幼少期に祖母らとよく足を運んだ老舗ラーメン店のように、親子2代、3代の思い出になるような店を持ちたいと開業した。独学で作り上げた濃厚なスープが評判となり、無名のラーメン店はいつしか情報誌やグルメサイトのランキングで何度も県内1位に輝くほどの人気店に成長した。

 「思い描いてきた店をやっと実現できたのに、築いてきたものが壊された気がした」。客足の激減に追い打ちを掛けるように、ネットでは心ない誹謗(ひぼう)中傷もあった。「肉大、コロナ抜きで(注文しよう)」「コロナ軒に改名しろ」。周囲からは「気にするな」と慰められたが、悔しさは日ごとに募った。

 店名を公表した飯泉知事に対して謝罪を求めたが、県は「公表に応じられない旨は聞いていない」などと反論。県の対応には不満しかなく、損害賠償を求める訴訟の提起に向けて準備を進めている。「ただ謝罪してくれれば良かっただけなのに。素直に認めてほしかった」

 県は店名の公表について、9月の県議会で「国は必ずしも店側の同意は必要ないとの事務連絡を発出している。保健所の調査結果や県の判断も踏まえて決定していく」との見解を示した。クラスター(感染者集団)が発生した場合、すぐに接触者全員と連絡が取れなければ施設名を公表するなどとした独自の条例も定めた。だが、王王軒の事例以降、県が感染者の立ち寄り先として具体的な飲食店名を発表したケースはない。

 「県の公表基準には疑問しか感じない。今後もこうした不透明な対応が続いていくのか」。店は少しずつにぎわいを取り戻しているが、社長のわだかまりはいまだに消えない。