2度の大病を乗り越えてNPB入りを目指す徳島インディゴソックスの髙島外野手=鳴門オロナミンC球場

 プロ野球選手になって、闘病中の人たちに勇気や希望を届けたい―。2度の白血病を乗り越え、四国アイランドリーグplus(IL)の徳島インディゴソックスに今年入団した選手がいる。沖縄県出身の髙島輝一朗外野手(22)で、小さい頃から憧れてきたNPB(日本野球機構)入りを目指し、徳島で一歩を踏み出した。夢を生きる力に変え、周囲の支えで元気に野球ができるようになった髙島外野手。次は誰かの支えになることが自分の使命だと信じ、白球を追い掛ける。

 5歳で急性リンパ性白血病を発症し、2年半の療養生活を余儀なくされた。日常生活を取り戻してからは、阪神ファンだった祖父の影響でプロ野球選手に憧れ、小学3年で野球を始めた。順調に実力を付け、与那原中3年の時には通算打率7割超の結果を残した。

 白血病の再発が分かったのは、甲子園常連校の沖縄尚学高校への進学が決まった直後の8月だった。憧れのプロ野球選手を本気で目指そうと思い始めた時期。「積み重ねてきたものが崩れ落ちるほどの絶望感」で頭がいっぱいになった。

 入院から1カ月ほどは立ち直れずにいたが、家族やチームメートらの励ましに加えて、プロ野球選手になるという夢が生きる力となり、苦しい抗がん剤治療も乗り越えることができたという。

 闘病中の子どもらを訪問する活動に力を入れていた阪神の鳥谷敬選手(現ロッテ)から「また野球ができるようになるから治療を頑張って」と声を掛けられたことも忘れられない。この時にもらったグローブは今でも修理しながら大切に使っている。

 治療が終わったのは高校2年の3月。結局、高校の公式戦では一度もベンチ入りを果たせなかったが、夢を追い掛けようと沖縄大へ進んだ。野球の傍ら、闘病体験を伝える社会奉仕活動も始めた。講演会では命の尊さを中学生らに訴え、病院では子どもたちの悩みに耳を傾けながら勇気づけた。鳥谷選手との出会いがきっかけで始めた活動は、徳島でも続けるつもりだ。

 8年連続でNPBへ選手を送り出している徳島を希望し、昨年11月、ILの合同トライアウトに挑戦。俊足をアピールして合格した。

 右投げ左打ち。持ち味は野手の間を抜く打撃と俊足を生かした守備範囲の広さ。出塁率にこだわり、三振をしないように打撃技術を磨くことを課題に挙げる。「まずはレギュラーを獲得して活躍したい」。苦難を乗り越えてきた気持ちの強さを前面に、初のシーズンに臨む。