「30歳までに一国一城のあるじになる」。信念を貫いて29歳の時に神戸市で起業し、28年を迎える。興した会社は、産業機械や精密部品などを製造する精密板金加工業として全国的に知られるようになった。

 宍喰町(現海陽町)生まれ。生家は漁業や渡船、海賊料理で生計を立てており、幼い頃から家業を手伝うのが日課だった。「父には『遊びで泳ぐぐらいなら貝を採ってこい』と怒られてね。働いて得た小遣いで自転車が買えた日はうれしかった」。古里の日々が、起業を目指す独立心を育てた。

 中学卒業後、大阪市のすし店で修業を始めたが肌に合わず、3年ほどで親類が営む堺市の溶接工場に転職。結婚を機に神戸市へ移り、別の鉄工所で溶接、板金などの技術を学んで1989年に独立した。高い溶接技術が評判を呼んで仕事は次々と舞い込み、わずか6坪の工場で1人で始めた会社は、2回の移転を経て20人が勤めるまでに成長した。

 機械加工に加えて電気分野も手掛けるようになり、自社製品の開発にも着手。今年3月には、リチウムイオン電池の品質を検査する自社開発の環境試験装置が、神奈川県の職業訓練法人主催の優秀板金製品技能フェアで最高位の経済産業大臣賞を受賞した。

 「技術力をアピールできるきっかけになった。今後も製品開発に力を入れたい」と意気込む。

 「釣りが好きで、宍喰には毎週のように帰っている」というほど古里への愛着は深い。今春、老朽化した地元神社の修繕費に充てるため、関西在住の旧宍喰町出身者に声を掛けて寄付を集めた。「過疎化は寂しいが、育ててくれた恩がある。古里のためにできることをしていきたい」と目を細めた。

 はまべ・あきら 宍喰中卒。1989年11月、神戸市西区で溶接や板金加工の製造を手掛ける有限会社「浜部製作所」と、販売する株式会社「ハマベ」の2社を創業。2015年、同区内で本社を移転。兵庫県シートメタル工業会副会長。神戸市在住、58歳。