今年1月、京都の寂庵で久しぶりに法衣をまとった瀬戸内寂聴さん

 東日本大震災から10年。岩手県二戸市の天台寺の名誉住職でもある作家の瀬戸内寂聴さん=徳島市出身=が電話インタビューに応じ、被災地への思いを語った。 

 あの地震が発生した時、私は前の年に背骨を圧迫骨折して入院した後、京都の寂庵で寝たきりのような生活でした。ベッドでテレビに映った地震や津波、そして原発事故の映像を見て、すぐに飛んで行けないことがもどかしかった。

 東北はもう一つの故郷です。1973年に中尊寺(岩手県平泉町)で得度し、87年から2005年まで天台寺の住職を務めていた時は毎月のように寺に通い、東北各地を訪れました。だから、震災によって自分のいるべき場所が侵されたと感じたんです。

 リハビリを頑張って、義援金を持って東北に行くことができたのは3カ月近くたってからでした。天台寺で法話をし、岩手県の野田村や宮古市など三陸海岸の被災地を訪ねました。建物が全て流され何もなくなった海岸や、傾いた家の中に落ちていた家族のアルバムを見て、失われたものの大きさを思いました。

 避難所で被災者の方々の肩をもんだり、体をさすったりしながら、話を伺いました。つらい体験や愚痴に耳を傾けて、うなずき、一緒に涙を流す。そんなことしかできませんでしたが「気持ちが楽になった」「生きる力が湧いた」と言っていただけたことがうれしかった。

 大変な目に遭ったに違いないのに元気な子どもたちや、不自由な仮設住宅で工夫して生活を楽しもうとしていた方、3年、5年とたって悲しい思いを乗り越えて立ち直っていく方。訪ねるたびに、東北の人たちの努力と強さを感じました。

 最近は体が弱って、遠出もできずこの目で復興した町を直接見て地元の方々とお話しできないのが残念ですが、この10年、皆さんが十分すぎるほど頑張り続けてこられたと思います。

 震災の後も、いくつもの災害が起こり、今は新型コロナウイルスが猛威を振るっています。悲しみの癒えない方、孤独を抱えている方はたくさんいらっしゃるでしょう。

 寂庵も来客は絶え、毎月の法話が中止となり1年が過ぎました。人に会うことや、話すことができず、マスクで顔を隠さなければならないなんて人間の在り方として不自然だとさえ思います。

 でも、決して絶望しないでください。同じ状態はいつまでも続かない。「常ならず」という意味で「無常」なのです。全てのことは変わる。今年99歳になる私が生きてきた実感でもあります。

 生きている限り、何が起こるか分からないという覚悟を持ち、つらい思いをしている人にも普段から心を寄せてください。掛ける言葉がなければ話を聞いたり、寄り添ったりするだけでもいい。

 去年もまた入院しましたが、おかげさまで私は締め切りに追われながら今も小説を書いています。長編は体力的にもう書けないと思っていましたが、ふと、諦めかけていたある題材について書けるんじゃないかと思い返しました。作家として私は生きている限り書き続けます。皆さんも今を大事に精いっぱい生きてください。