南海トラフ巨大地震の津波被害想定を見ながら「今後は周知と改良の10年になってほしい」と語る武藤教授=徳島市の徳島大常三島キャンパス

 「ここに津波がどれくらいの高さで来るかって? 知らんよ」。鳴門市大津町で暮らす女性(64)は平然とした顔で、こう話した。女性の住む地域は市内では比較的内陸部に位置するものの、海抜が低く、南海トラフ巨大地震による津波の想定浸水深は最大4~5メートルとなっている。2階に避難しても危険だと説明すると、「人間、死ぬ時は畳に座っとっても死ぬ。運命で決まっとる。避難所に逃げるか? 逃げんよ」。

 女性はこれまで、国や県などが作った津波浸水想定やハザードマップを見たことがない。スマートフォンで閲覧できると伝えると「めんどくさい」と一言。実際に画面を見せても「見方が分からんし、ややこしい」と取り付く島もない。

 ◇  ◇ 

 東日本大震災以降、日本は地震だけでなく大規模な豪雨被害に毎年のように見舞われてきた。堤防の決壊で民家が流されたり、集落が大規模浸水したりする映像は珍しいものでもなくなった。しかし、女性のように防災に無関心な人はまだまだ多い。

 では、どうすれば関心を高められるのか。徳島大学を訪れ、ハザードマップに詳しい武藤裕則教授(河川工学)に話を聞いた。

 武藤教授によると、東日本大震災後、被害想定やハザードマップを「作る」という動きがまず全国で広がった。徳島でも揺れや津波のほか、洪水、土砂災害、高潮などさまざまな被害想定が完成し、有事への備えは整いつつある。一方、その多様さが「種類が多すぎて見る気がしない」と、一部の県民を敬遠させる結果になっているという。

 想定を分かりやすく見せる工夫も課題だ。武藤教授が昨年9月に藍住町で実施したハザードマップの理解度を問う調査では、地図上の凡例などで答えが示されていたにもかかわらず、見方を正しく理解している人は3人に1人だった。「さまざまな想定をまとめ、いかに平易に作り替えるかが問われる」と指摘する。

 一例として、こんな提案をする。日常的に使うカレンダーやファイルなどに想定を印刷して配る▽地図や凡例が分かりにくいという人のために住所を検索するだけで全ての被害想定が確認できるサイトを作る▽楽しみながら防災を学ぶため地図情報と同期した防災ゲームアプリを開発する―。「想定を活用した避難訓練や講習会など地道な活動も必要。多様な取り組みで有用性を伝えてほしい」

 ◇  ◇ 

 災害予測情報の周知を今後どうするべきか、県にも聞いてみた。坂東淳危機管理部副部長は「行政だけの発信では限界がある。さまざまな想定は防災上の財産。官民挙げて周知するのが理想だ」と語る。

 県は2013年から津波や揺れ、液状化、洪水、高潮、土砂災害などの被害想定のほか、避難所、公衆電話の位置などをネット上でまとめて閲覧できる「県総合地図提供システム」を運用している。これらの地図情報は県のオープンデータカタログから無償でダウンロードできる。民間団体や企業と連携すれば武藤教授が提案するカレンダーなどへの印刷は地区ごとに可能で、新たなサイトやアプリの開発も現実味を帯びる。

 ただ、システムの認知度は高いとは言い難い。坂東副部長は「県民に災害を自分事として考えてもらえるよう、周知やデータの見せ方を模索していく必要がある」と話す。

 ハザードマップに代表される予測技術は皮肉にも相次ぐ災害が貴重なサンプルとなり、正確さを増している。武藤教授は「震災後の10年で基盤は整った。今後は人の意識をどう変えるかが問われる10年になる。改良と周知の10年になってほしい」と期待した。