高校生部門で最優秀賞に輝いた粟飯原ゆづはさん=石井町

徳島新聞 2020年10月19日付「わたしの居場所」から

 新聞記事をテーマにした「第12回徳島県新聞感想文コンクール」(徳島新聞社主催)には、県内から1万7132点の応募があり、最優秀賞4点、優秀賞20点、優良賞40点、佳作98点、優秀学校賞6校が選ばれた。小学1~3年、小学4~6年、中学校、高校の各部門で最優秀賞に選ばれた4人に、記事を読んだ時の気付きを語ってもらった。

「特別養子制度」に共感

 母の薦めで読んだ記事は、特別養子縁組で障害のある子を家族に迎えた3組の夫婦の物語だった。父親と血縁のない自身と重なり、心温まる内容に涙があふれた。

 実父との関係で、幼少期につらい経験をした。小学4年生の時、母の再婚で今の父と親子になり、心理的な壁をつくった時期もあった。「子どもたちの父親になりたい」と言った父の思いを知って自然と壁がなくなっていった。今では厳しさの中にも愛情があり、守られていると実感するようになった。「私にとって父はこの人だけ。唯一無二の存在」

 重い障害のあるいとこや特別支援学校に勤める母を通し、障害児を取り巻く環境を考える機会が多い。社会の偏見など厳しい現実があることも知っている。迷いなく特別養子縁組した夫婦の記事や自身の経験を基に、「相手を心の底から思う気持ちがあれば家族の絆はつくれる」と伝える。

 記事は「日頃の疑問に光を与えてくれるよう」だとつづった。身近な課題や興味のある分野を、新聞から知ることができると気付いたという。「社会の流れや日本の動きを頭の片隅に置いておきたい。また新聞を読もうかな」とほほ笑んだ。

家族のカタチ

 家族の絆って何だろう? 血のつながりって何だろう? 障害を持って生まれてくるってどういうことだろう? 日頃から考えていた私の疑問に光を与えてくれるようなこの記事を読んだ時、私は胸を激しく揺さぶられ、込みあげる涙を止めることができなかった。

 私の二歳下の従妹には重い障害がある。生まれた時に「一歳まで生きられる可能性は十パーセントもない」と言われたそうだ。それでも家族の深い愛情に包まれて、従妹は中学生になった今も元気に支援学校に通っている。従妹の存在は、私に障害があってもなくても命の重みは何も変わりないということを教えてくれると同時に、障害児を取り巻く社会の様々な問題をも突きつけてくる。だからこそこの記事を読んだ時、障害児への偏見や社会の厳しさに躊躇することなく「特別養子縁組」という形で障害児を引き取る家庭があるという現実に心を打たれたのである。

 もう一つ、私が家族の絆について敏感な最大の理由は、私と父が血のつながりのない親子だからだ。母の再婚によって「養子縁組」し、私と父は親子になった。だから地球上のどこかに血を繋がった実父がいるのだが、実を言うと、私は実父には二度と会いたくないと思っている。幼少期に実父から叩かれたり、暴言を吐かれたりした記憶は、普段は心の奥底に鍵を掛けて仕舞い込んでいるが、時折突然吹き出してきて私を苦しめることがある。

 そんな時、私を温かく包み込むように支えてくれるのは母と今の父だ。血は繋がっていなくても、父からの愛情を疑ったことなど一度もない。時には厳しく叱られて泣くこともあるが、私のことを思うからこその厳しい教えであり、感謝こそすれ恨むことなどない。私にとっての「父」とはこの父一人だけ、唯一無二の存在だ。だからこそ、この記事を読んだ時、他人事には思えなかった。

 記事によれば「特別養子縁組」の他にも「普通養子縁組」や「里親」制度等様々な制度があるようだが、障害児の特別養子縁組はほとんど成立していないとある。確かに今の日本は健常児を育てるのも大変で、育児環境や社会保障制度では世界に後れを取っている現状がある。障害児を育てるなら尚のこと厳しい現実があり、並大抵の覚悟ではできない。それでも記事に登場する彼らは、障害児を引き取ることをさらりと自然に受け入れている。そこにある違いとは何なのだろう。私は相手を心の底から思う気持ちではないかと思う。

 障害の有無に関わらず、血のつながりにとらわれることなく、そこに相手を思う気持ちさえあれば家族の絆は作っていけると私は身を持って知っている。父が私に溢れんばかりの愛情を注いでくれたように。生まれてきた全ての子どもが温かな家庭で健やかに育っていける世の中になるよう願ってやまない。