震災後に岩手県へ移り住み、地域医療を支える前川さん=岩手県立宮古病院

 高台に立つ岩手県立宮古病院(宮古市)から初めて海の見える風景を眺めた時、「ここに来て良かった」と思った。それから約10年。徳島県三好市出身の医師前川裕子さん(45)は、変わらず被災地の地域医療を支え続けている。

 2011年3月、津波に襲われ壊滅状態となった東北沿岸部の映像をテレビで見た。居ても立ってもいられず、すぐに現地へ行く手続きを取った。「ちょっと応援に入って終わり、ではいけない。一人の医者として精いっぱいやらなければ」。勤めていた都内の病院を退職し、たった一人で見知らぬ土地へ飛び込んだ。

 当時、入院診療と救急に対応できる循環器科医は前川さん1人で、夜中でも休日でも連絡があれば病院に駆け付けた。仮設住宅を回り、持病の有無や健康状態について聞いた。「いいことばかりではなかったけど、『先生に診てもらえて良かった』と言ってくれる患者に救われた」。地域に必要とされている実感を原動力に、がむしゃらに走ってきた。

 現在、循環器科は3人増員され、科長の前川さんは指導的な役割を担うことも多い。後輩の医師たちは頼もしく、「もう私がいなくて大丈夫かも」と思うときもある。前川さんと同じように県外から赴任し、父親のように慕った先輩医師も退職した。それでも毎年、病院との雇用契約を更新している。

 ここ数年で、街の景色はがらりと変わった。海沿いには高さ約15メートルの防潮堤が築かれ、盛岡市へ続くバイパス道路も新たに整備された。復興は進みつつあり、震災当時を口にする人も少なくなっている。

 一方で今も不眠などを患い、精神的な不調を引きずる患者もいる。10年前に比べて地域の高齢化は一層加速し、「老老介護」の世帯も増えた。患者とその家族に寄り添うため、生活により密着した訪問診療に取り組みたいとの構想を温めている。

 地域医療の担い手として充実した日々を送る中、一昨年は徳島に住む祖母を亡くした。「おばあちゃん子」の前川さんを誰よりも応援し、活躍を喜んでくれた。最近は新型コロナウイルスの影響でなかなか帰省できない。遠く離れた徳島を思い、両親が送ってくれるそば米や果物を涙ぐみながら味わうこともある。

 それでも当分、この地で頑張ろうと決めている。「医者は天職」と言い切り、人のために力を尽くす使命を負っていると考えているからだ。「まだこの土地で、自分にできること、果たすべき役割があると思う」。古里には、もうしばらく帰らない。