阿波木偶を制作する板東米子さん=徳島市

小原伸二(阿波人形浄瑠璃振興会理事・川内中学校教諭)さん寄稿

 阿波人形浄瑠璃の振興に長年尽力した徳島市の阿波木偶作家板東米子さんが2月、97歳で亡くなった。多彩な活躍を知る徳島市の川内中学校教諭小原伸二さんに思い出を寄稿してもらった。

 県内中学校の道徳の副読本には、生涯を懸けて夢を追い続けた板東米子さんの生き方が「人形浄瑠璃の心」という教材で紹介されている。それは生徒たちの指針となるだけでなく、阿波人形浄瑠璃に携わる私たちを今も鼓舞してくれる。

 徳島では現在、全国で最も多くの人形座が活躍しており、小学校から大学まで部活動としても人形浄瑠璃が行われている。

 川内中に民芸部ができたのは1982年。板東さんの多大な協力があってこその創部だった。制作した人形を当初から永久貸与してくださり、頭や手足の修理はもちろん、衣装も傷むと新しいものに無償で取り換えてくれた。

 他にも、阿波十郎兵衛座、ふれあい座、鳴門座など多くの人形座が、設立時から人形の提供や人形遣いの指導を受けたと聞く。

 板東さんは、後継者の育成を目的に県教育委員会が主催する夏の阿波人形浄瑠璃伝承教室でも、長年講師を務めた。

 川内中民芸部も毎年参加し、おかげで教室終了後に何とか公演ができるところまでこぎ着けた。板東さんは厳しい指導の半面、気軽に話し掛けてくれるなど、人形浄瑠璃に取り組む子どもたちを優しく包み込むように接してくれた。

 3代目天狗久に師事し、人形師としても才能を発揮した。阿波人形浄瑠璃振興会の夏期大会、人形浄瑠璃フェスティバル、木偶制作教室、伝承教室などの行事に、さらりと着こなした着物姿で誰よりも早く現れる。そして会場の隅々にまで目を配り、厳しいまなざしで見守った。そんな姿が印象に残っている。

 阿波人形浄瑠璃振興会の事務局長、副会長、顧問を歴任し、歴代会長と共に活動を支えた。犬飼や坂州の農村舞台の復活、国立劇場での阿波人形浄瑠璃公演など、大きな節目には必ずその姿があった。

 周りの人を奮い立たせ、戦後から現在に至るまで阿波人形浄瑠璃の継承と発展に尽くした板東さん。伝統芸能を支えたとても大きな存在だった。