【草むすホーム】 今も残るのは線路側の擁壁のみ。盛り土もほとんど残っておらず、待合所や駅舎があったのかどうかも不明だ。

 JR高徳線・勝瑞駅―池谷駅間で上り列車に乗る。旧吉野川に架かる鉄橋を渡ってカーブを曲がり終えるあたりで、左の車窓から一瞬、小さなプラットホームが見える。駅の遺構だ。

 駅は、高徳線の前身、私鉄・阿波電気軌道が1916年7月1日の開業と同時に「市場駅」として設けた。33年の国有化後、「阿波市場駅」と改称された、その駅跡である。残っているのは列車2両分の長さにも満たない線路側擁壁のみで、忘れ去られたかのようなもの悲しさが漂う。

 使われなくなったのはいつなのか。書類では54年に旅客扱い廃止となり、駅廃止は71年4月1日となっているが、調べてみたところ、44年の時刻表記載を最後に駅名が消えている。近隣の人に聞いても詳しいことは分からない。

 戦時中の列車削減で駅が使われなくなり、そのまま復活することもなかったのだろうか。今でも謎のままだ。

【ぽつんと存在】レンコン畑が広がる中、盛り土の上に敷設された線路に沿っている駅の遺構。列車が速度を落とすことなく通過していく。
【駅南側のカーブ】遺構から南を見ると大きく線路が右に曲がっているが、この駅ができた当時は直線だった。旧吉野川の鉄橋が国有化で架け直された際の名残だ。
【石積みが残る】遺構の擁壁に残る石積み。私鉄時代のものがそのまま残っているようだ。