クレエールの原田(左)に見送られ、徳島市役所に弁当を配達する米田

 「こんにちは。クレエールです」。正午前、黄色のジャンパーを着た男性が徳島市役所の窓口を回って弁当を届ける。NPO法人クレエールで働く米田達哉(32)=同市名東町1=だ。朝から仲間と共に作った弁当を手に、「いっぱい買ってくれてうれしい」。

 米田には、知的障害がある。代金の計算が苦手な半面、食事の調理や盛り付けが得意だ。配達の後は万代中央埠頭(ふとう)の調理室に戻り、翌日の仕込みや洗い物に励む。食事を振る舞う午後からの「子ども食堂」では、おかわりする子の笑顔に癒やされる。

 以前は障害者枠で採用された一般企業の従業員だった。自身の特性が理解されず、10年間同じ業務しか与えられなかった。手際が悪いと同僚に暴言を吐かれ、相手にされないことも。「つらかった」。知的障害者らでつくる和太鼓集団の活動でクレエール理事長の原田昭仁(60)と出会い、2018年に移った。

 「ここではいろんな仕事に挑戦でき、得意分野を伸ばせる。仲間やお客さんと接するのも楽しい」と自信に満ちた表情を見せる。原田に背中を押され、はっきりとした目標ができた。「調理師の免許を取りたい」

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 クレエールは08年3月に理事の喜多條雅子(57)が設立した。現在は利用者と職員が15人ずつ働いている。米田のように、障害があっても張り合いのある仕事に就き、経済的な自立を支えるのが目的だ。

 喜多條は、知的障害者にスポーツを楽しむ場を提供する認定NPO法人スペシャルオリンピックス(SO)日本・徳島(徳島市)で長年ボランティアを続けてきた。活動を通じ、学校を卒業した障害者の仕事が限られている現状を知った。多くの保護者が自分の死後に残される、障害のある子どもの生活を案じていることも。

 「周りのサポートがあれば可能性は広がり、素晴らしい力を発揮できる」。07年に来県したSO日本名誉会長の細川佳代子が講演で語った言葉に、突き動かされた。「働く場がないなら自分たちでつくろう」。自身の長男誠史(30)に自閉症があることも後押しした。

 県庁前の空き店舗にレストランを開き、弁当の製造・販売を始めた。郊外に立地する施設が多い中、あえて街の中心部を選んだ。「障害のある人が働く姿を多くの人に見てほしい」。喜多條のこだわりだった。

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 たった2個の注文から始まった弁当販売は、官公庁や企業への営業で今は1日300個を数える。ヤマト福祉財団(東京)の指導で、大量注文に応じられるよう製造工程を効率化。塗装会社を営む原田が12年から理事に加わり、原価管理など財政面を改善した。

 障害者1人当たりの平均月額工賃は当初の倍以上に増え、19年度は5万5834円に上った。県内の平均工賃2万2147円は2年連続全国1位で、クレエールはその徳島でトップクラスだ。

 「多くの人に助けてもらってきた。今度は恩返しをしたい」。子ども食堂は喜多條のそんな思いから始めた。障害があっても社会に貢献できる―。それを証明するチャレンジだ。

 こうも願う。「障害者との交流を通じ、社会の多様性に触れてほしい。いろんな人がいて、違いがあってもみんな大切な存在だと思ってもらえたらうれしい」。だから、メンバーが働く調理室はガラス張りにしている。

 「Creer(クレエール)」はスペイン語で「信じる」という意味。名付けた喜多條は信じている。誰一人取り残さない社会の実現を。