太田

 徳島県石井町出身で序ノ口東15枚目だった太田(本名太田剛希、33歳、山響部屋)が春場所を最後に引退した。日本相撲協会は31日、太田や元横綱鶴竜を含む21人の引退を発表した。

 太田は、石井町の高川原小4~6年に全国優勝して「わんぱく横綱」になり、石井中2年の時は全国中学生選手権を制覇。中学卒業と同時に北の湖部屋に入門し、「影丸」のしこ名で2003年春場所で初土俵を踏んだ。

 08年春場所からはしこ名を本名の太田に改名。12年夏場所では7戦全勝で三段目優勝を果たし、12年秋場所は自己最高位の幕下西20枚目まで上がった。

 しかし、けがに悩まされたこともあって、以後は徐々に番付を下げ、20年11月場所からは序ノ口。最後の春場所は、部屋付き親方の新型コロナウイルス感染が判明したため、全休を余儀なくされた。

 太田「思い残すことない」

 2003年3月の春場所で初土俵を踏んでから18年。引退を決めた太田は3月、徳島県内の関係者に手紙を送り、「思い残すことなく、やり切ることができた」との気持ちを記していた。「北の湖の弟子だったことを誇りに、これからも成長できるように励みたい」との決意も記していた。

 手紙を受け取った名西高相撲部監督の岩川大助さん(47)は、角界入りする前の中学時代の太田と稽古したことをよく覚えている。全国制覇した当時で、抜群の運動神経を生かし、力強い相撲を取っていた。

 12年5月の夏場所で三段目優勝した後には、地元石井町で祝賀会が開かれた。太田本人も、太田に相撲を手ほどきした父繁博さん(故人)も派手なことが好きではない性格のため、親子そろって照れくさそうに喜んでいた姿が印象深いという。

 岩川さんは「けがに苦しんだ土俵人生だったと思うが、18年間、小さな体でよく頑張ったと思う」とねぎらった。