「中立の立場」が合っているという。その性分から、原告と被告のいずれか一方に縛られることなく、「客観的にみてどちらが優勢か」と思考を巡らせられる裁判官に引かれた。
 
 兵庫県尼崎市出身。神戸大在学中の1983年、司法試験に合格した。当初は法曹の道に進むことは頭になかったが、司法試験に向けて勉強に励んでいる同級生に刺激を受け、一念発起した。86年に裁判官になり、大阪地裁を振り出しに最高裁や大阪高裁などに勤務。主に民事畑を歩んできた。
 
 振り返れば、判決文を書くのに悩み抜いた事件は多い。2010年に大阪地裁で裁判長として担当した奈良県大淀町立大淀病院を巡る事件もその一つ。08年8月、同院で出産中に意識不明になった女性が、約20の病院に受け入れを断られた後に亡くなった。裁判では担当医の責任などが問われたが、当時の救急医療制度を冷静に読み解き、遺族側の請求を棄却した。
 
 救急患者のたらい回しや搬送拒否が全国的に大きな問題になるきっかけとなった事件。遺族の気持ちは察するに余りあったが、当時の制度自体に限界があったとして、「誰にも責任はない」と判断した。ただ、その後も自問し続けている。
 
 冗談を言うのが好きでよく笑う根っからの関西人。徳島での勤務は初めてで、今は法律書を読むのに時間を取られ、趣味の音楽鑑賞を楽しむ間もないほどだが、阿波踊りには挑戦するつもりだ。「徳島の歴史や文化を学んで、しっかり踊れるようにしたい」と意欲をのぞかせた。
 
 父の背中を追い京都市内の法科大学院で学ぶ一人娘(24)の話になると、柔和な表情がより優しさを帯びる。徳島市内の官舎で妻(57)と二人暮らし。59歳。