2人の娘を育てながら、A1級ボートレーサーとして日々活躍している永井彪也選手

 ずん・飯尾和樹やMEGUMI、芋生悠がCM出演し、話題を呼んでいるボートレース。CM内で神尾楓珠演じる養成員のモデルとなっているのが、実力・人気ともにボートレース界トップに君臨する永井彪也選手だ。女手1つで4兄弟を育ててくれた母に恩返しをしたいという思いから、15歳でボートレーサーへの道を決意。今では二児の父としての顔を持つ永井選手に、改めてこれまでの競技人生の振り返りと母への思いを聞いた。

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■携帯も使えず、ほぼ外出もできない養成所「それでも1人でやっていこうと決めていた」

――ボートレーサーを目指そうと思ったきっかけは?

【永井彪也】中学生の時に、従兄弟の後藤翔之選手のデビュー戦を観戦したのがきっかけです。会場に響き渡るエンジン音や臨場感に圧倒されて、すごい楽しそうだなって感じたんです。当時14歳で将来の進路を迷っていた時期でもあり、賞金も稼げるところに魅力を感じてボートレーサーを目指すようになりました。家族を経済的に支えたい気持ちがずっと強かったので。

――養成所は非常に厳しい環境と聞きますが、いかがでしたか。

【永井彪也】基本的には嫌な思い出しかありません(笑)。携帯も禁止され、ほぼ外出も出来ない環境で、自由がきかないっていうのがあんなにも苦しいものだとは思いませんでした。でもその分訓練に没頭することができて、自分と向き合う時間にもなりました。

――精神的な疲れを感じた時はどのように乗り越えていましたか。

【永井彪也】お菓子を食べたり、ただ横になる時間だったり…(笑)。今考えてみると当たり前のことなんですけど、その状況下では普通のことが息抜きの時間になってストレス発散になっていましたね。

――養成所卒業後は「3年間、1人でやっていこうと決めていた」と以前話されていましたが、それはなぜですか。

【永井彪也】訓練時代に教官の方に「お前は考える力がない」って言われて、それじゃ1人で考えてやってみようっていうのがきっかけでした。実際にやってみると意外にも楽しくて。しがらみもなく1人で集中して取り組めたので、自分で考えるトレーニングにもなりました。

――そして5回目の受験で見事試験に合格し、18歳でデビューとなった東京新聞杯はいかがでしたか。

【永井彪也】とても鮮明に覚えています。自分の技術がどれだけ通用するのかなっていう不安と、勝ちたいっていう欲望が渦巻いていましたね。ただ冷静さは失わずに、しっかりとレースに臨もうとは思っていました。

――デビューの翌月には多摩川カップで初勝利となりましたが、どのような心境でしたか。

【永井彪也】正直「え、良いの?」って感じでした(笑)。勝ったという感覚が正直あまり湧かなかったですね。先頭を走ってるので、「これ何周するんだっけ?これでゴールだよな?」みたいな不思議な気持ちでのゴールでした。

■勝利より無事を願う母、“ボートレーサーとしての姿を見せ続けること”が最大の恩返し

――デビュー戦、初勝利の際はお母さまからどのようなお言葉がありましたか。

【永井彪也】「おめでとう」という言葉ももちろんありましたが、「怪我なく無事帰ってこられてよかったね」っていう母らしい温かい言葉が心に残っています。これからも心配かけないようにしたいなって思いましたね。それは今でも変わらず心掛けていることです。

――学生時代から「お母さまへ恩返しをしたい」との思いがあったとのことですが。

【永井彪也】僕は4人兄弟の長男でずっと母親が働いている姿を見て育って、一緒に過ごす時間も少なかったんです。なので、なるべく楽にしてあげたいなっていう思いが小さい頃からありました。

――何歳頃からそう思い始めたのでしょうか。

【永井彪也】小学生の頃にはそう思ってましたね。中学生の時には学校行かないで仕事しようかなって思って仕事を探したことがあるくらい。家族を支えたい思いはずっと強く持っていました。

――お母さまへの初めての親孝行は何でしたか。

【永井彪也】直接何かをしてあげたと言うよりも、息子がレースに参加して戦っている姿を見せるということが親孝行になっているのかなと思います。遠くからでもレースに出ている様子を見られるだけで安心に繋がるのかなって。

――お母さまとの心に残っている思い出があれば教えてください。

【永井彪也】特別な出来事というよりも「勝ち負けではなく、無事に帰ってくれば良いんだよ」っていう言葉ですかね。初勝利の時もそうでしたが、レースの結果がどうであっても、級別が変わったりしても、いつも同じように受け入れてくれるので、帰る家があるっていう安心感があります。

――帰る場所があると、厳しい世界でも頑張っていけますよね。お母さまと喧嘩されたことはあるんですか。

【永井彪也】それが喧嘩したことがないんです。反抗期もなかったんですよね。学生時代とかに周りの友人の話を聞いていても、“俺そんな感じないけどな、反抗期いつ来るんだろう”って不安でした(笑)。どちらかというと、家では父親役のような感じだった気がします。

――意見が食い違うこともなかったですか。

【永井彪也】あまりないですね。人によってはマザコンっていうのかも知れないですけど、僕は敬意を払っているという感覚です。一番尊敬している人は?って聞かれたら、僕は間違いなく母親って答えますね。

――色々な素晴らしいボートレーサーもいらっしゃいますが、やはりお母さまなのですね。

【永井彪也】そうですね。僕の今の考え方や取り組む姿勢を作り上げたのは僕自身じゃなくて、母親だと思っています。深く介入せずに僕の意志に任せてくれたからこそ、自分で考えて乗り越える機会が多く、それが結果的に大きな糧になっているように感じます。だから、僕が出来る範囲で母の人生を豊かにしてあげたいですね。あとは、母より先に絶対死なないようにしようって思っています。

■父になり改めて気づいた母のすごさ… 「娘にボートレースはしてほしくない(笑)」

――永井選手自身も2人の娘さんがいらっしゃるということですが、父親になられて改めてお母さまに思うことはありましたか。

【永井彪也】母親ってやっぱりすごいなって。元々抱いていた尊敬の念が、より強くなりました。4人も産んで1人で育てるって、僕には到底無理だなと(笑)。

――子育てにおいて決めていること、気を付けていることはありますか。

【永井彪也】なるべく楽しく過ごしたいと思ってます。子ども達が大きくなっても仲の良い家族でありたいので、そこは大事にしています。あまり叱りたくないと思っているのですが、4歳と2歳なのでそういう訳にもいかなくて(笑)。メリハリをつけて笑顔で過ごせる時間を多く作るようにしています。

――普段お子さんとはどんなことをして過ごしていますか。

【永井彪也】おもちゃ使って遊んだり一緒に勉強してみたり、今はできる限りお家で遊べるように工夫を凝らしています。コロナの影響で外に出かける機会が減ってしまったので、早く外で思い切り遊ばせてあげたいですね。

――どんなお子さんに育ってほしいですか。

【永井彪也】品のある女性に育ってほしいなと思いますが、現状はなかなか難しそうです(笑)。ボートレーサー目指したいと言われたら…厳しい世界なので反対すると思います(笑)。

――お子様やご家族からレースに関して励ましなどはありますか?

【永井彪也】それはあまりないですね。一線引いていて家庭の中にレースのことは持ち込まないようにしているんです。レース前にさらっといなくなって、1週間後にさらっと帰ってくるのが理想です。ただ、ボートを見ると「パパ」って言ってくれます。

――今後、ご家族としたいことがあれば教えてください。

【永井彪也】コロナが落ち着いたら母と一緒に家族旅行に連れていきたいなと思いますね。海外とか、ゆっくり羽を伸ばせるような場所に行けたらいいですね。


(取材・文=鈴木ゆかり)


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