目が不自由な人に寄り添って歩く盲導犬。その姿を目にしたことがある人もいるだろう。全国で活躍する盲導犬は約1000頭、うち徳島県内では4頭が視覚障害者を支えている。盲導犬と利用者はどのように暮らしているのか。昨夏から2歳の雄のラブラドルレトリバー「エヴァン」と生活を始めた向井健市さん(69)=三好市池田町中西、はりきゅうマッサージ店経営=を訪ねた。
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向井さんは妻の明美さんらと5人暮らし。自宅の1室で、はりきゅうマッサージ店「健向館」を営んでいる。
向井さんは目がほとんど見えず、視覚障害2級にあたる。東京で出版・編集関係の仕事をしていた39歳の時、網膜色素変性症と診断された。症状が進んで仕事を続けることが難しくなったため、49歳からはりなどを学び始め、2004年4月、52歳で埼玉県内に店を構えた。埼玉に骨をうずめるつもりで開業したが、11年に起きた東日本大震災でボランティアをしたのをきっかけに「古里で困っている人の役に立ちたい」と思い、15年、三好市に戻ってきた。
エヴァンが向井家にやって来たのは昨年6月。白杖を使った歩行が困難になってきた19年4月頃、「徳島の盲導犬を育てる会」(徳島市)に相談し、大阪府内の盲導犬訓練所での共同訓練を経て生活を始めた。毎朝午前6時40分に起床し、外出中はハーネスを付けて向井さんの歩行をサポート。ハーネスを外して過ごす家の中では、椅子に座る向井さんの手の甲や膝に顎を乗せたりしてじゃれてくるという。向井さんは「動物の無償の愛や純粋さに触れていると、心が洗われる」と言い、「エヴァンの世話をするために規則正しい生活をするようになり、人に優しくなった」とほほ笑む。
向井さんとエヴァンは、はりやマッサージをする施術室でも一緒。向井さんが慣れた手つきで施術を進めている間、壁際でおとなしく待つ。向井さんが訪れた利用者に気付いていないときは、うなったり物音を立てたりして知らせてくれるという。利用者からも「エヴァンちゃん」と声を掛けられ、かわいがられている。週2、3回通っているという70歳の女性は「向井さんの施術を受けると寝付きが良くなる。自分も犬を飼っていたので、盲導犬に抵抗はない。エヴァンはかわいい」と笑顔を見せた。
近所に往診にも出掛ける向井さんとエヴァン。週2日は5分ほど歩いて利用者の自宅へ出向く。明暗がはっきりしている室内では拡大鏡などを使いパソコンの画面や本の文字も読めるが、屋外の自然光の下では道路や建物の位置など周囲の様子が全く分からない。外出前に向井さんがあらかじめ道のりを覚え、「ライト(右)」「レフト(左)」「カーブ」などとエヴァンに指示を出す。段差や水たまり、電柱などが近くにあると、エヴァンが立ち止まって教えてくれる。障害物を知らせてくれたり、無事に目的地に到着したりすると、「グッドボーイ、グッドボーイ(いい子だ、いい子だ)」となでて褒める向井さん。一度道に迷った時、側溝に足を突っ込んでしまい、針で縫うけがをしたことがあるが、「自分が悪いので怒れない」と笑う。
エヴァンのサポートがあることで「外出を楽しめるようになった」と話す向井さん。白杖を使っていた頃と比べ、汽車に乗って大歩危峡周辺に行ったり、バスに乗って街中に出たりと外出の機会が増えたという。この日はJR阿波池田駅近くの飲食店「heso salon」に向かうと、経営者の西﨑健人さん(37)がドアを開けて席まで案内してくれた。席に着くと、エヴァンを足元に座らせる。街中で用事を済ませた後にこの店に立ち寄り、お酒をたしなむのが向井さんの楽しみだ。西﨑さんは「他の客にほえることもなく、賢い犬だと思った」とエヴァンの印象を話し、盲導犬の同伴については「ペットと盲導犬は違う」と理解を示した。
エヴァンと暮らし始めて行動範囲が広がった一方、残念な出来事もあった。複数の飲食店や食料品店で、エヴァンとの入店を断られたことがあるという。「犬はお断り」という店側に盲導犬だと訴えても、「外につないでから入ってきてください」「買ってきてあげるから(外でいて)」などと返事が返ってきた。「盲導犬の同伴を理由に入店を拒んではいけないと補助犬法で決まっている。盲導犬利用者も食事や買い物をする権利はある。親切にしてくれる人もいるが、もっと理解が広がってほしい」と訴える。エヴァンも向井さんとの外出を楽しみにしているようで、「エヴァンのためにも健康でいないといけない」と話す向井さん。「新型コロナウイルスが収まったら、かつて住んでいた街や遠い所に行ってみたい」と望んだ。
【動画】https://youtu.be/Hb1DHFCVuZg