グラウンドで喜び合う選手に優しいまなざしを向け、何度も目頭を押さえた。「60分間、選手が城東のラグビーをやってくれた」。就任3年目で花園行きの切符をつかみ、思わず感極まった。

 監督として初めて決勝に駒を進めた昨年は7-34でつるぎの厚い壁にはね返された。悔しい思いをしたレギュラー15人のうち10人が新チームに残り、4月には有望な1年生も加わって戦力は厚くなった。

 就任時からフィジカル、走力、情報共有の3点を強化の基本に据えた。けがを防いだり、体を大きくしたりするトレーニングを選手に課し、攻守のバランスが良いチームに育て上げた。

 ラグビーを始めたのは阿波高1年から。「不器用だったので、タックルだけは負けずに頑張った」。3年時の2005年には、スタンドオフを務め、同校として初の花園出場に貢献。日大ではセンターやスタンドオフで活躍した。

 卒業後、指導者になるため帰県。5年間の臨時教諭を経て、15年春から城東高で保健体育の教諭となり、ラグビー部監督に就いた。性格やスキルの違う選手に対し「指導の基準をどこに置けばいいのか分からず悩んだ」と振り返る。試行錯誤を重ねながら、入学してきたばかりの現3年生と共に、敗戦の中から一歩ずつ歩を進めてきた。

 全国大会は12月27日に開幕する。「体をしっかり当てる基本を忘れずに、誇りと感謝の気持ちを胸に戦いたい」と話す。阿波市土成町出身。徳島市南沖洲1で妻、長女と3人暮らし。30歳。