コロナ禍で多くの高齢者は外出に不安を感じ、近くに住む家族にも頼りにくい。「買い物弱者」を支えようと9年前に徳島で生まれ、全国に広がった移動スーパー「とくし丸」を心待ちにする人は増えている。

外出自粛で売り上げ増 新たなニーズもつかむ

商品を手に「とくし丸」の利用者と言葉を交わす販売パートナーの松原弘幸さん(右)=徳島市

 「とく、とく、と~く、とくし丸」。軽快なメロディーを響かせ、冬の住宅街を走る軽トラック。荷台を開くと、棚いっぱいに積まれた商品が目に飛び込む。肉や魚、野菜などの生鮮食品からトイレットペーパーや洗剤といった日用品まで、その数およそ1200点。街角に小さなスーパーが出現する。

 「あれはないの?」「今日はないから次回持ってきます」。徳島駅から北西に約3キロ。徳島市矢三地区を担当する「販売パートナー」の松原弘幸さん(38)はこの日、地元スーパーの商品を載せて約20カ所を回った。

 住んでいる場所によっては最寄りのスーパーまで自転車でも15~20分かかる地域。「お兄ちゃんが来てくれるけん、生き永らえている。来週も来てね」と手押し車の女性(93)。

 とくし丸は、各商品の代金が店舗より10円プラスされる仕組み。スーパーから委託された販売パートナーは利用者の好みやニーズを思い浮かべながら、商品の積み込み方にも工夫を凝らす。

 コロナは移動販売の風景も変えた。全国に緊急事態宣言が出された昨春。「マスクはないの?」と尋ねる人は少なくなく、松原さんは消毒液などを含め棚の目立つ場所に置いた。こうした感染対策商品は、じきに入荷しなくなった。「お客さんの要望に応えられず、異例の事態と感じた」

 地区の有料老人ホームでは、面会制限で家族からの差し入れがなくなった人からの注文が1・5倍に。デイサービスの施設でも利用者がスーパーに出掛けるのを控え、販売額が増えた。

 とくし丸は各地のスーパーと提携し、全国に758台、徳島県内では30台が稼働(4月22日時点)。運営会社「とくし丸」(本社・徳島市)によると昨春は利用者が増えた。全国で感染拡大前と比べて1台当たりの販売額は1割程度増え、1日の平均は10万円を超える月が多い。

 「会うのは松原さんだけなので感染の心配もない。助かる」と1人暮らしの女性(89)。「何があっても、お客さんの生活、人生の一部として走り続けたい」。松原さんは決意を込め、今日もハンドルを握る。

「困窮者のため規模拡大」創業者の住友さん(徳島市)

インタビューに答える住友達也さん

 「とくし丸」の事業を考案し、2012年に運営会社を立ち上げた住友達也取締役ファウンダー・新規事業担当(63)に聞いた。

 創業のきっかけは、車の運転をやめると買い物難民になってしまう高齢の両親の存在だった。市場があって、求める人がいるなら事業として成り立つ。「答えは現場にある」と民家を訪ね歩くと、足が悪くて玄関まではい出て来る人や、長らく生鮮品を食べられていない人がいた。こういう人に届けたいと感じた。

 屋外販売で人が密集することもないため、コロナ禍でも「安心して買い物ができる」との声は多い。今まで見向きもしなかった若い主婦らもやって来るようになり、全国的に売り上げが伸びている。

 ただその分、小さな飲食店はダメージを受けており、手放しで喜べない。自分だけが生き残っても幸せにはなれない。徳島市では、コロナ禍で打撃を受けた飲食店経営者らでつくる会社を地元のスーパーに紹介し、同社開発のつくだ煮などの販売を手助けした。

 10万人以上と対面でつながるネットワークは他にない。「買い物難民」は「情報難民」。コロナ禍で(生活)情報(などを伝える)ネットワークにもなる。困っている人のために千台、2千台、3千台とスピード感を持ってやっていく。

 すみとも・たつや 1957年、土成町(現阿波市)生まれ。23歳でタウン誌「あわわ」を創刊。国の吉野川可動堰(ぜき)計画を白紙に追い込んだ住民投票運動の中心メンバー。

販売額150億円 前年の1・5倍 全国に758台、10万人超利用

 地域のスーパーや「販売パートナー」と呼ばれる個人事業主のドライバーと組み、買い物弱者を支えるビジネスは急成長した。758台の移動販売車は全都道府県を快走中。お年寄りと顔を合わせ、感謝される仕事に魅力を感じて開業する人も多い。

 「とくし丸」運営会社によると、販売車は加速度的に増え、利用者も10万人を超える。2020年の1年間で全国販売額は約150億円と、前年の1・5倍だった。提携スーパーは140社以上に拡大した。

 16年に食品宅配の「オイシックス」(現「オイシックス・ラ・大地」、東京)の子会社となり、首都圏に地盤を持つ大手スーパーとの提携が進んだことも背景だ。

 コロナ禍で1台当たり1日の販売額も上昇。19年は月平均9万円余りだったのに対し、20年4~12月は11月を除いて毎月10万円を上回った。

 メインの顧客層である80代以上をはじめ、自力で買い物へ出掛けていた75歳以上の人も外出を控え、利用者は昨春の緊急事態宣言後に5%程度増えた。総菜や弁当などを1食分多く買い求める人が多い。

 「家族が会いに来ることが難しく、心細い日を送っているので、週2回来てくれるのが楽しみ」。運営会社にはそんな声が多く届き「価値を改めて認めてもらえた」と新宮歩社長(43)。

 専用車両を所有し、スーパーと販売委託契約を結ぶと販売パートナーになれる。昨年は開業を希望する人からの問い合わせが前年の2倍以上あった。「派遣切り」に遭ったり、促されて早期退職したりした人が開業するケースがある。

 新宮さんは「健康的な食事や、コミュニティーづくりなどのサービスも提案したい」と意気込む。