「ごきぶりホイホイ」の開発当時を振り返るアース製薬の大塚正富特別顧問=兵庫県赤穂市

 商品が売れない。仕事が取れない。アース製薬の社長に就いた1970年、大塚グループ創業者である故・大塚武三郎氏の五男・正富氏(91)=同社特別顧問=は思い悩んでいた。

 長兄の故・正士社主から経営不振に陥っていたアースを3年で立て直すよう厳命されたものの、社の再生につながる商品を打ち出せないでいた。蚊取り線香など既存の商品と似たようなものを開発したところで、高いシェアを持つトップメーカーのブランド力の前には到底歯が立たない。

 目を付けたのがゴキブリ捕獲器だった。正富氏は「当時、日本の家にはゴキブリがよく出た。競合商品も少なかった」と振り返る。

 あるメーカーの捕獲器はプラスチック箱の中に餌を入れ、入ってきたゴキブリを内側に開くふたで閉じ込める構造で、売れ行きが好調だった。つてをたどって「アースで売らせてほしい」と頼み込んだ。しかし「これはうちの花形商品だよ。渡せるか」とけんもほろろに追い返された。

 「こんな商品と戦えるものを作らなくてはならない」。こうした思いを日夜持ち続けていたことが、ある偶然へとつながる。 

 翌年夏の暑い日、正富氏は淡路島を走るバスの車中にいた。冷房はなく蒸し暑く、隣に座っていた女性がたまらずに窓を開けた。途端にセミの大合唱が聞こえ、鳴門で過ごした少年時代が脳裏によみがえる。

 そういえば家の裏の松の木にセミを丸網で取りにいったけど、よく逃がしたなあ。トリモチがあれば百発百中で取れたのに・・・。「これだ、と思ったね。会社に帰って早速、社員と開発実験を始めた」(正富氏)

 とはいえ、実用化までの道のりは平たんではなかった。紙の箱に粘着剤を塗り、捕獲後に箱ごと捨てるアイデアはできたものの、ゴキブリが箱の入り口でUターンし、中に入らない。よく見ると触覚が粘着剤に触れ、驚いて逃げてしまう。そこで箱の入り口部分に傾斜を作り、触覚が地面に触れないよう工夫した。

 粘着剤の粘度も課題だった。当時は購入者がチューブを絞って粘着剤を底面に塗る方式で、粘度が低いとゴキブリに逃げられ、高いと粘着剤を充塡(じゅうてん)するのが難しくなる。斜面の角度を変えながらパチンコ玉を転がし、何センチで止まるかを計って粘度を決め、ゴキブリを使った実験を繰り返した。

 大塚製薬工場(鳴門市)と共同でゴキブリを寄せる誘因物質も研究し、「ごきぶりホイホイ」の発売にこぎつけたのは73年。正士氏から再建を求められていた社長就任から3年目だった。

 発売前の会社全体の売上高が20億円前後だったのに対し、ごきぶりホイホイだけで初年度に30億円近くの売り上げをたたき出す。ゴキブリ捕獲器の分野で、アースの名は一気に世に広まり、成長の土台を築いた。

 その後も火を使わないタイプの加熱蒸散殺虫剤「アースレッド」、長期間効果が続く液体式蚊取り器「アースノーマット」などを開発。いずれもアース独自の画期的な商品で、ごきぶりホイホイの数倍売れた。

 「ごきぶりホイホイの成功で得られたのは、業界の常識を打ち破る商品を開発しようという社員の意識」と正富氏。「消費者に信頼されるには、業界でナンバーワンにならなければならない。そのためには常にクリエーティブな商品開発に挑戦し、顧客を創造する努力が不可欠なんです」と力を込めた。