県南部を震源とする地震の発生を伝える2015年2月7日付徳島新聞朝刊

 「激しい揺れ 緊迫」。2015年2月7日付の徳島新聞社会面に、大きな見出しが躍る。県南部を震源とするマグニチュード5・1の地震が発生したのは、6日午前10時25分ごろ。南海トラフ巨大地震の発生時に津波被害が想定される牟岐町では、最大震度5強が観測された。

 それから6年たった今年2月のある日。牟岐港でいた近くの男性(72)に地震発生当時はどう行動したかを尋ねた。「揺れの後、海を見に行ったなあ」。この男性だけではない。住民で避難した人は少なかった。

 阪神大震災の被災者で、北淡震災記念公園の語り部を務める森康成さん(72)=兵庫県淡路市在住=は、この地震の直後に牟岐町民101人に地震時の行動を聞き取っている。揺れが収まった直後の対応はこうだ。逃げる用意をした=26%▽テレビなどで情報を取ろうとした=25%▽その場でいた=21%▽周囲を見回った=17%―。

 逃げる用意をした人の中には実際に避難したケースもあったが、何もしなかったり、避難より情報収集を優先したりした人が一定数いたことが分かる。揺れが短時間で、「津波の可能性はない」と報じられたことが影響していると見る向きもある。しかし、避難しなくてよかったのか。

 「正常性バイアス」という心の働きがある。「バイアス」とは「偏り」を意味する。物事を把握する際の「ゆがみ」だ。災害心理学が専門の広瀬弘忠東京女子大名誉教授が解説する。

 「多少の異常があっても異常と感じず、危険があっても自分の身に及ばない、自分は大丈夫だ、と思ってしまう心の働きが正常性バイアス。誰にでもある」。平時はこれに助けられている。「何もかも異常だと感知すると人間的な感情を保てない。このバイアスがあるから、ちょっとしたことでもくよくよせず精神的に安定できる。一種のシェルターです」

 しかし、そのシェルター内に引きこもると、外部が分からなくなる。普段と違うことが起きても「『大したことはなさそうだから、避難しなくても大丈夫』と思ってしまう」。

 「いざとなったら避難できる」。牟岐町の人たちも当時はそう思ったのかもしれない。しかし、東日本大震災の被災地の住民約1万1千人に内閣府が実施した調査では、大津波警報を耳にした人のうち3割余りは「大きな津波が来るか半信半疑だった」、1割近くは「必ずしも大きな津波が来るとは限らない」と回答している。大津波警報が出ても、この状態だ。

 ただ、似たような体験は多くの人がしている。火災報知器が鳴るのを聞いても「どうせ誤作動では」「大丈夫だろう」と対応しなかった経験はないだろうか。

 正常性バイアスに支配された状態から、緊急時モードに切り替えるギアとなるものは何か。訓練だ。15年の県南の地震では、震源地周辺の小中学生は訓練通りに避難している。

 淡路市の森さんは高校教員を退職後、13年から16年まで徳島大大学院で防災の研究に携わり、多くの地震の被災地へ調査に赴いた経験から「大人、特に高齢者は訓練していない」と指摘する。「まず、頭など身を守ってから逃げる。剣道の型を何度も稽古するように体で覚え、考えなくても行動できるようにしたい」

 南海トラフ巨大地震の際、県の想定では牟岐港に津波の影響が出始めるのは地震発生から11分後。迷っている時間はない。地震が起きたら即、避難する。たとえ津波が来ずとも、「逃げ損」ではなく「訓練ができた」と捉えたい。いざそのとき、正常性バイアスの罠に捕らわれないために。

 災害発生時、人はどう行動するのか。それを知りたいと、75年前の被災地・牟岐町を訪ねた。「津波が来ると知らなかった」「まだ大丈夫と用事をした」「病人がいて動けない」―。さまざまな状況で、命が失われていた。そして悲劇のいくつかは、東日本大震災でも繰り返されている。

 災害は、自然と人間社会がせめぎ合う中で起きる。地震や津波は止められず、今は予測も難しい。では、もう一方の「当事者」である人間のことを、私たちは十分知っているだろうか。地震や津波のメカニズムを学ぶのと同様、自らを知れば、犠牲を減らせるのではないか。災害時の人の心のありようと行動を探った。