発売初期(左)と現在のオロナミンCドリンク(大塚製薬提供)

 年間売り上げ1億本。1965年に発売したオロナミンCドリンクは、早い時期からこんな大きな目標が掲げられた。大塚製薬(東京)の初代社長、大塚正士氏(故人)が呼び掛けた。

 目標達成に向けた柱に位置づけたのが「万博作戦」と呼ばれる販促活動だった。70年に開催された大阪万博でのこと。180ほどある会場内の売店のうち、105店で扱ってもらい、認知度アップを図った。万博ブームで人の往来が増えるのを見越し、全国の駅での販売も強化した。

 狙いは当たり、2年後の72年に年間売り上げ1億本を突破。「今につながるニュートラシューティカルズ(NC)関連事業の営業基盤ができた」と同社広報は説明する。

 当時の大塚グループは輸液で業績を伸ばしていた。新規事業として飲料分野へ乗り出し、瓶入り栄養ドリンク3製品を相次いで売り出すも、他社の参入で市場撤退を余儀なくされた。

 巻き返しを図ろうと、研究者たちはいくつもの試作品を作った。選ばれたのが、輸液の原料であるビタミンCに着目した「ビタミンC入りの栄養ドリンク」だった。正士氏は飲みやすく、すっきりした味わいにするため炭酸を加えることを提案。「炭酸入りの栄養ドリンク」という全く新しいコンセプトの飲料が誕生した。

 ところが、炭酸が含まれるオロナミンCは、医薬品として認められないという問題が浮上する。大塚の主な取引先は、医薬品を扱う薬局であり、清涼飲料の販売ルートを持っていなかった。とはいえ、炭酸を抜いてしまうと他社製品との差別化が図れなくなる。

 「今までのものを大切にして4万軒(薬局)にこだわるか。いや、それの40倍もある一般流通を新たに開拓して頑張るか」。正士氏は新市場への挑戦を決断した。社員は小売店や交通機関、ゴルフ場、学校など、売ってもらえそうなあらゆる所に足を運んで地道な営業を重ねた。

 オロナミンC1本(120ミリリットル)にはレモン11個分に相当するビタミンC(220ミリグラム)が含まれる。成分やパッケージ、価格は発売当時からほぼ変えてない。一方で、キャップの改良を重ねてきた。

 最初は王冠だった。販売が伸びるにつれ、駅の売店従業員から開栓の手間がかかるとの声が上がり、71年に購入者が自ら開けられるスクリューキャップに変更した。86年には、ふたのリングに指を掛けて引き抜くマキシキャップを採用した。1984~85年のグリコ・森永事件などを受け、国民の間で異物混入への警戒感が強まり、ふたを開けたことが一目で分かるマキシタイプは適していた。

 「元気ハツラツ!」というキャッチコピーは誰もが知るところだ。発売から55年の歳月を経た2020年は「ブランドの強みが見直された年となった」(大塚製薬広報)。

 新型コロナウイルス感染拡大に伴う外出自粛の影響で、会えなくなった家族や友人に向けて「元気で頑張って」との思いを込め、オロナミンCを贈る人が増えたという。医療従事者やスーパーの店員ら「エッセンシャルワーカー」に「ありがとう」とのメッセージを添えて贈る人も。よく利用されたのが、2014年から限定販売されている、赤い段ボールに黄色いリボンを巻いた30本入りケースだった。

 コロナ禍で「ポカリスエット」をはじめとする飲料の販売実績が軒並み前年比2桁減となる中でも、オロナミンCはこうした需要が下支えし、4・5%減にとどまる940万ケースを国内で販売した。実に4億7千万本が飲まれた計算になる。