鳥居龍蔵が発掘を手掛けた「城山貝塚」=徳島中央公園

 城山貝塚といえば、鳥居龍蔵。鳥居龍蔵といえば、城山貝塚。ある年齢以上の徳島市民にとって、この二つは分かち難く脳裏に刻まれているのではないか。というのは、以前(といっても昭和40年代)小学校の教科書か副読本で紹介されていて、鳥居龍蔵、城山貝塚を知った記憶があるからだ。

 城山貝塚は、徳島中央公園内の城山のふもとにある岩陰洞窟遺跡で、縄文時代後期~晩期の古代人の生活跡である。ハマグリやアサリなどの食用貝類の貝殻が大量に出土し、昔は海辺だったことを示している。1922年に当時、東京大助教授に就任したばかりの鳥居龍蔵らが発掘調査し、一躍有名になった。貝殻のほかに、獣、鳥、魚の骨や、古代人の人骨3体も確認された。

 すぐそばには鳥居龍蔵博士の記念碑が建つ。高さ2・3メートル、幅1・5メートルの青石製。眼鏡をかけた胸像を浮き彫りにしており、学究らしさを感じさせて趣深い。碑文では、考古学・人類学・民族学に偉大な功績を残したことを紹介している。博士をしのぶモニュメントは、生家跡近くの新町橋東公園(徳島市東船場町)にも顕彰碑がある。「アジア研究の先覚者」鳥居龍蔵の業績と東アジア各地に及んだ調査領域の地図、写真が陶板で紹介されている。

〈2021・5・12〉