阿波公方が発行していた「マムシよけの守り札」。「阿州 足利家」と書かれており、マムシよけの護符として重宝された

 足利家の威光で、怖いマムシも近寄らず-。戦国時代の1534年から約270年間、室町幕府・足利将軍家の一族が9代にわたって阿波国平島庄(現在の徳島県阿南市那賀川町)に居を構え、「阿波公方(くぼう)」「平島公方」と呼ばれた。その阿波公方家が得意としたのが、毒蛇・マムシよけの守り札(護符)の発行だ。困窮する公方家の家計を大いに助けたという。

 ことの始まりは4代・義次の時代。屋敷を大掃除したところ、床下でマムシがたくさん死んでいた。「足利将軍家の威光に恐れて死んだのだろう」とされ、以来、平島にはマムシがいなくなったという。これを伝え聞いた人々が「マムシよけ」の守り札を公方の館まで受け取りに来るようになり、大いに流行した。守り札は「阿州足利家」と書き「清和源氏之印」の朱印を押す。守り札は野山へ出る際に懐に入れておいたり、掛け軸に仕立てて床の間につるし、毒蛇が家に入るのを防ぐ“魔よけ”にしたりしたようだ。

 歴代の公方が暮らした屋敷跡に建つ阿南市立阿波公方・民俗資料館で、県内に伝わった守り札が展示されている。入館者には記念品として、ミニサイズのカラーコピーが贈られる。財布にも入るので、マムシならぬ“コロナ禍のお守り”にしてはどうだろうか。

〈2021・5・13〉